世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.821

「新しい」構造主義経済学と「新」構造主義経済学

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学教育学部 教授)

2017.04.03

 このところ国際開発経済論の分野でにわかに注目を浴びつつある「新しい」構造主義経済学について,本コラムにおいて認識を明確にしておきたいと思う。それというのも昨年ジャスティン・リン『貧困なき世界――途上国初の世銀チーフエコノミストの挑戦――』(小浜裕久訳,東洋経済新報社)が刊行されたからだ。筆者はもともと構造主義経済学を研究対象にしていて,初期構造主義から新構造主義まで体系的にカヴァーするかたちで研究を進めている。そこに飛び入りのごとくリンの「新しい」構造主義経済学が出現したのである。

 まず用語法の区別から始めよう。リンが提唱する構造主義経済学はnewであるのに対して,「新」構造主義のばあいはneoである。そもそもそこから異なるのだが,リンのばあい,2008〜2012年にかけて世銀のチーフエコノミストを務め,内外にかなり影響をおよぼしたのみならず,中国の開発戦略を説明するのに一役を買ったことが重要である。それは一言でいえば,開放経済型工業化にほかならない。つまり経済特区の創設によって有力な多国籍企業を誘致すべくさまざまな優遇措置を講じ,中国国内の豊富で良質な労働力と首尾よく結合させ,輸出指向で「規模の経済」を実現するというものであった。しかもいわゆる比較優位に則って産業構造の高度化を図るという目的を有するものなのである。

 リンはもともと台湾出身の軍人であり,訳あって中国本土へ亡命したという経歴の持ち主である。そして英語が堪能ということも手伝って,その才能をシカゴ大学の重鎮セオドア・シュルツによって見出された。そしてシカゴ大学で研鑽を積み,しだいに頭角を現していく。そして世銀へというコースである。そのような背景から明らかなように,市場メカニズムの価値を十分理解したうえで国家介入の価値も同様に認識したのであろう。途上国の開発政策の実状に照らした場合,開放経済型工業化によって示されるように,国家が政治的枠組みを上手に誘導して民間経済の活性化をもたらすというものであり,いま流行している行動経済学でいうところのスマート・ナッジ(絶妙の一押し)をやってのけたということになろうか。もしくは制度派経済学流の政治の枠組みづくりを優先するという意味で,国家介入を正当化することを含意しよう。

 ところで本来の新旧構造主義経済学とどのように区別すべきだろうか。周知のように,それはラウル・プレビッシュとアーサー・ルイスの伝統に沿うものである。具体的にはラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)に連綿と受け継がれている構造主義――古くはセルソ・フルタードからオズバルド・スンケル,そして現在のホセ・オカンポに代表されるラテンアメリカ経済学派――と,二重経済構造を背景とした余剰労働移動説を当該国の開発政策として応用しようというもの――東アジアや東南アジアの工業化路線がまさしくそれである――がそうだ。そのような理論枠組みの上に新構造主義経済学が構築された。そして現在は,ネオケインジアンとの融合が試みられている。いうなればルイス・モデルにカルドア=フェルドーン型成長モデルを組み合わせるやり方であり,理論的にたいへん魅力的である。代表的論客は前出のオカンポとランス・テイラー,サールウォールらである。

 最後にリンが提唱する「新しい」構造主義経済学と,本来の新旧構造主義経済学との類似点と相違点について示しておきたい。

 共通点は国家介入と産業政策をポジティヴに捉え,国家の存在に全幅の信頼を寄せていることである。相違点は,リンのばあい,市場諸力への信頼もかなり強い(生産要素賦存にもとづく比較優位を最優先する)のに対し,伝統的な本来の構造主義はルイス流の労働移動説に依拠して二重経済構造の解消を通していわゆる近代化をめざすことに高い優先順位を与えることにある。したがって「新しい」構造主義経済学は,本来の構造主義に比してかなり新古典派に近いといえそうだ。いずれにせよ両構造主義とも,「国家」の健全性をどこまで担保できるかが問われるであろう。

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