世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.767

ノルウェー水産業に学ぶビジネスモデル

髙井 透

(日本大学 教授)

2016.12.19

 日本では衰退産業と位置づけられる水産業。水産業の年収は他の業界と比べても低く,そのため,漁師の後継者不足も深刻である。かつての水産大国のイメージとはほど遠い。日本の国土と面積がほぼ同じで,国土が海に面しているという類似点が多いのがノルウェー王国(以下,ノルウェー)である。しかし,ノルウェーの水産業は日本と違い,国の成長産業として位置づけられている。主要産業である石油化学に次ぐ産業が水産業であり,世界第二位の輸出大国になっている。漁師の年収も日本とは比較にならないほど高い。

 それではノルウェーは,どのような戦略を用いて,第一次産業である水産業で持続的成長を実現してきたのか。すでにノルウェーの水産業に関しては,さまざまな要因から分析がなされてきている。そこで,本稿ではノルウェーの水産業の中でも,シンボリックな成功を納めている養殖サーモンの世界戦略をみてみよう。このサーモンの世界戦略の鍵となったのが,日本市場である。

 もともと,ノルウェーはサーモンをかなり早くから欧米向けに輸出を始めていた。しかし,欧米向けのサーモンは,供給過剰で採算が合わなくなっていたため,どうしても,新しい市場を開拓する必要があった。そこで,サーモンの新しい市場開拓先として注目されたのが日本であった。今から約20年以上前である。当時から,日本市場は世界的に高品質な水産物が評価される市場と認識されており,日本市場に受け入れられること自体が,その他の国々でブランドになってきたという経緯がある。

 実際,市場に参入する場合,その業界のリードマーケットから入ることは戦略的にも重要である。その意味でも,日本は適切なマーケットであった。日本の水産業は衰退しているとはいえ,魚の消費量という点では,今でも世界でトップクラスである。しかし,当時の日本では,サケ類は寄生虫が宿り,生食には適さないというのが常識であった。事実,日本では長い間,サケを焼いたり,燻製にして食べることはあっても生で食べる習慣はなかった。今でも高級寿司店では,サーモンの寿司を出さないところもある。

 この常識を覆すために,官民あげてのジャパンプロジェクトがスタートする。まずは,サーモンを普及させる上で,世界のリードカスタマーになりうる寿司屋に受け入れられるために,種苗からエサ,飼育に至るまで寄生虫の寄りつかない養殖環境をつくった。しかも,ノルウェーの養殖施設には,石油プラントで培われてきた技術が応用されたのである。

 川上だけではなく,川下にも手を打った。まずは市場に対する差別化のポイントとして,生のサーモンを最大限にアピールした。サーモンは,酸化しにくく,品質を長期間保存できるという特性があるため,その特性を活かすべく,水揚げされてから日本の店頭に並ぶまで,最短で36時間,一度も,冷凍されずに届けられる仕組みを構築した。さらに,サーモンの市場普及を促進するために,ユーザビリティを徹底的に高める戦略を展開した。ノルウェーサーモンの多くは産地加工,または,空輸で国内に届けられた場合でも,水産加工会社で加工されたフィレ(三枚おろしをした片身)にされるため,エンドユーザーの立場からするとほとんど手間のかからない食材となっている。

 今や,日本市場の約8割がノルウェーサーモンである。この官民上げてのプロジェクトの中核的な役割を担ってきたのが,ノルウェー水産審議会(NSC)である。NSCの活動原資はノルウェー政府が拠出している。ノルウェー政府は水産物に対して輸出額の0.75%に相当する輸出税を課しており,NSCはこの税金を原資に,世界主要市場に常駐する海外代表所(ノルウェー大使館内)を設け,ノルウェーの水産物のプロモーションを世界的に展開している。

 ある時は広告を出稿し,飲食チェーンのイベントや販促を手がけるノルウェー水産物の営業マン。またある時は,市場調査を実施し,収集したデータをマーケティングに活用するなど,業務の範囲は多岐にわたる。また,NSCが調査で収集したデータは,NSCだけで使用するわけではない。市場開拓を意図しているノルウェー企業に提供する。ノルウェーのある企業は,日本人の魚の好みを理解し,外国で好まれる脂肪率よりも高い,20%程度の脂肪率のサーモンを養殖しているという。

 しかし,水産企業もマリンハーベストのように稚魚から販売までの垂直統合モデルで事業展開している企業もあれば,エサだけを扱う企業,また,卸売りだけに特化している企業など多様である。この多様な企業への情報提供について,ノルウェー水産物審議会のグンバル・ヴィエ氏(ディレクター/日本・韓国)は次のように述べている。

 「我々の活動に求められるものは,企業ごとに持っているビジネスモデルによって違ってきます。そのため,我々のユニークなやり方としては,各企業ごとのニーズにフィットするような活動をすることです。リサーチなんかでも,企業ごとに違います。しかし,我々として1つの共通の活動としているのは,各企業がやることに対してプラスアルファ原産地の強みを提供することです。つまり,我々のロゴをつけることによって,各企業のマーケティングにもう1個の強みをプラスしてもらうというのが,我々のユニークな点だと思います」。官民一体のジャパンプロジェクトによって日本市場に浸透したノルウェーサーモンは,今や世界のトップブランドになっている。

 ノルウェーの水産業から学ぶべきことは,官民あげての取り組みであるというだけではない。ノルウェーは自国市場が小さいがために,世界市場が常にターゲットとされる。最初から世界市場を狙うのか,それとも,まずは国内市場から押さえるのか。海洋資源にも恵まれ,魚を捕獲する技術も高度な日本の水産業が衰退産業に陥っていることを考えると,世界市場を獲得する上での,戦略ビジョンの重要性を改めて認識させられるのである。

〈謝辞〉

 本稿を作成するにあたっては,ノルウェー水産物審議会のグンバル・ヴィエ氏(ディレクター/日本・韓国),窪田純子氏(マーケティング・広報担当官)に貴重な情報を提供して頂いた。ここに記して,感謝の意を表したい。

[参考文献]
  • 寺本義也,内田亨(2016)「ノルウェーの水産業とそれを支援する機関―ノルウェー水産物審議会(NSC)及びノルウェー産業科学技術研究所(SINTEF)を中心に―」『新潟国際情報大学情報文化学部研究紀要』Vol.2.,71〜79頁。
  • 有路昌彦「グローバル市場を攻めるこれからの養殖業」『AFCフォーラム』2014年10月号,7−10頁。

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