世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.746
世界経済評論IMPACT No.746

国際ビジネスとその新潮流:表舞台に登場してきた新主役たち

杉田俊明

(甲南大学経営学部 教授)

2016.11.07

 実務で開発や調査を担当していた80年代,ツワモノの先輩よりは少ないものの,筆者は年に20回近い海外出張をしていた。国際担当と言っても当時ではその過半の業務は改革開放直後に急増した対中国とのビジネスに対応するものであった。

 教育や研究を担当する現在ではアジアと共に,イギリスやドイツ,カナダなど欧米の割合が増えた。対象や地域が変わったようにみえるが,そこには変わるものと変わらないものがある。

 中国でのビジネスはとりわけ産地から市場への転換関連が目覚ましい。加えて中国とアジアでのビジネス,中国と欧米とのビジネス,M&Aを含む中国やアジア発の欧米でのビジネス,それらに関わる中国系,華人系,そして日本企業間との提携や競争に対応するものが増えたからである。

 アジアでも欧米でも昨今において活発な市場参入をしているある日本企業のケースをみてまず言えるのは,どの市場で提供している当該企業の商品も,大半は「メイドインチャイナ」である。この点,昔も今もさほど変わりはない。

 一方,人件費など諸コストの変化から産地の再考が必要となり,多くの企業と同様に当該企業もアジアへのシフトを進めている。目下では全体の約3割は東南や南西アジアになったが,製造提携先の多くは実は南下してきた中国系企業か,元々現地にいる華人系企業だ。

 市場としてみた場合,中国は海外全体のなかで占める割合が大きく,その維持と拡張を図るもアジア市場の開拓が着実に進められている。そこで,わずか3~4年でタイやフィリピンにおいて広く参入に成功できたが,それは現地流通最大手とそれぞれ提携したからである。彼らも実は華人系である。

 そして,当該日本企業はドイツ市場にも自力で参入したが,時期をほぼ同じにしてドイツの最も著名なある商業施設を買収したのがタイでの提携先の華人系企業。これで,中長期的に両社によるドイツでの展開の素地もできあがりつつある。

 他方,ドイツで上場し中国で販路をもつある企業を,日本のある企業が買収した。ドイツのブランドと共に,自社元々のブランド,そして先方の中国での影響力の利用を目論んだが,その上場企業は中国系である。ところで数か月も経たないうちに先方の不正会計が露呈し,当の日本企業は巨額の損失を食らったのである。

 アジアや欧州でのほんのいくつかの実例だが,そこにあるのは常に中国系や華人系企業の姿である。これらに対する調査研究の成果が日本企業にポジティブな影響を与え,逆に,不勉強な担当者はネガティブな結果を招くことも分かる。

 しかし,それ以上に,5年,10年先,企業の中長期戦略に関わるより重要な動きに注目する必要がある。大挙して欧米に進出し派手な中国系企業の活動の陰での,ある人々の行動である。それは,商才を持ちながらも制度上の問題から経営学の学びが世界からみて遅れていた人々,特に創業者やその後継者,あるいはエクゼクティブ層の人々が,中国,そして中国やアジアから飛び出して欧米で専門教育を受けていることである。

 イギリスのフィナンシャルタイムズが発表しているデータで分かるように,エクゼクティブMBA(経営学修士)における世界上位100プログラムのうち,中国本土,香港,台湾,シンガポールなど華人圏のもので,欧米のビジネススクールと共催のものがすでに全体の4分の1を占めている。

 国際標準と認証に従った英語による専門教育が行われている一方,英語という言語以上に経営学に対する理解を深めるために,補講や討議の一部は中国語でも行われている。欧米の同プログラムにおける中国系や華人系の受講者も増えているため,世界でのエクゼクティブMBA主要プログラム受講者の約3割が華人系,ということになる。ちなみに,この上位100プログラムのうち,日本のものはゼロである。

 教育は数年,数10年後により効果が表れる。元々商才に長ける中国系や華人系の人々の学びや前掲ケースは,国際ビジネスにおける新たな潮流と日本企業の課題を示すものである。

 多国籍企業の原理に変わりはないが,国家に依存せず,ボーダレス,かつダイナミックに活動する企業,それもM&Aによって巨大化する企業だけではなく,本社子会社組織や派遣駐在員からなるものとも異なり,無数の人々が起業する,ボーングローバル型企業からなる新たな世界が我々の目の前にある。

 これらの企業と従来型企業との相互連関,そして日本企業のあり方を含め,企業戦略を研究しフォローするのが筆者を含め研究者の,昔も今も変わらない業務である。対象や地域が変わった? という狭隘な視点では,真の「国際」を語れないのである。

[注]
  • 本稿の「中国系企業」は中国大陸系企業を指す。「華人系企業」は大陸系以外の,香港,台湾,そして東南アジアなどをベースにする華人系企業を指している。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article746.html)

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