世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.743
世界経済評論IMPACT No.743

「農業」の輸出を考える

今井雅和

(専修大学経営学部 教授)

2016.10.31

 9月にラオスを訪問し,日系企業が運営する農場を視察した。訪問先は諸般の事情で1社となったが,筆者が知る限り,ラオスでは薬草,アスパラガス,そしてイチゴが日本人の技術で栽培されている。事例の紹介は別に機会に譲り,ここでは日本の農業の競争力,国際化について考えてみたい。

 日本の農業は守るべき産業であるとの評価が定着している。守るというのは,他国とのスクラッチの競争では勝ち目がないとの前提に基づく。果たしてそうであろうか。

 確かにマクロの数値を見れば,そのような見方を当然視するのも仕方ないことかも知れない。2014年の日本の国内総生産(GDP)は486兆円,うち農業は4.7兆円であるから,1%を占めるに過ぎない。基幹的農業従事者は159万人で,労働力人口の2.3%に相当する。つまり,労働生産性は他の産業に比べ低い。農業生産額は8.3兆円,かつて1粒も輸入させないとヒステリックな空気が日本を覆ったコメの生産額は1.4兆円に過ぎない。2015年の農産物貿易を見ても,輸出額が0.4兆円に対して,輸入額は6.5兆円となっている。産業レベルで見るならば,比較劣位のレッテルが貼られることも致し方ない。

 二国間の貿易はいくつかのパタンに分類される。1つは一方向貿易であり,輸出国と輸入国が明確に分かれる。ただし,バナナのように国内生産がなく輸入のみの場合と大豆,小麦,トウモロコシのように国内生産もあるが,輸出がなく,輸入のみの場合がある。後者は,価格差が大きく,同じ農産物であっても,要求品質(認知水準を含む)が乖離し,用途さえ異なることが多い。

 もう1つは双方向貿易である。2つの国が相互に輸出国かつ輸入国の場合である。そして,輸出入単価が顕著に異なる垂直的産業内貿易と価格差が一定範囲内の水平的産業内貿易に分類される。前者は両国の得意分野が品質や評判の違いに対応して価格帯が大きく異なるケースである。例えば,輸入牛肉と輸出牛肉の単価が大きく異なるのはそうした理由による(輸出単価は輸入単価の13倍)。イチゴも同様で,輸出単価は輸入単価の2倍程度となる。2016年1−8月の輸出入実績によれば,イチゴの輸出は423トンで単価は1キロ当たり2072円,輸入は1283トンで単価は1キロ当たり969円となっている(注1)。水平的産業内貿易は,農産品ではほとんど見られない。消費者の「バラエティ愛好」によって,例えば自動車を大量に輸出する国で,外国車の人気も根強く,輸入車が多いような状況を指す。

 国際ビジネスの古典的で一般的なパタンは,比較優位の産業は低コスト生産が可能なため,国内需要のみならず,輸出によって海外市場の需要も満たすことになる。しかし,輸出が増えすぎると輸入国の反発が強まるため,生産プロセス自体を海外に移転し,現地生産が開始される。むろん農業は工業と同じようには進まない。農家保護のためのセンシティブ品目の設定,食料安全保障,農業の外部経済など,全面的な市場機能の導入には慎重であるべきとの意見が根強い。米国などの工業的性格の強い農業と異なり,農業が長く生活と表裏一体であった日本や欧州には特別な思いもある。

 日本の農業は競争力が劣るとされ,守勢一辺倒となりがちである。しかし,筆者が思うに,農業を十把一絡に捉えるのは乱暴であるし,もしも日本の農業に優位性がないとすれば,垂直的産業内貿易によって高付加価値の産品を輸出できるはずもない。課題も多いが,品目によってはまだまだ輸出を拡大する余地は大きい。

 さらに,農業生産自体を海外に移転することも可能である。東アジアからの輸入農産品の多くは日系企業や日本の農業技術によるともいわれる。また,筆者がかつて調査で訪れたことのある岩手県の西部開発農産は,ベトナムでのジャポニカ米の栽培を開始した。国内では細分化された農地が,農業技術の進歩と不調和を起こし,生産性向上の足かせになっているとし,農地の集約が課題の1つになっている。そうした制度的制約が少ない環境では,日本の農業技術を活かす余地が大きいのではないか。むろん,多くの国では外国企業や外国人が農業に従事することは法的にも,実務的にもそれほど容易ではない。しかし,たとえ外資が直接,農業に従事できないとしても,日本の農業技術を海外で活かすことはできる(注2)。

 日本ほど,海外情勢に敏感で,新しいもの好きの国民の多い国も珍しいと思うが,農業になると突然内向き思考に陥る国内事情と企業家的農業従事者の少なさが問題なのかもしれない。低価格生産を可能にする比較優位はなくとも,日本には付加価値の高い農産品の生産が可能な「競争優位」が存在する。農産物の輸出促進に加え,日本人や日本の法人(農業法人,会社)の農業技術などの知識,農業経営の経験を海外に移転することで,事業創造の可能性を探ってほしい。これが,今回,ラオスでの農業生産の現場を見て,感じたことである。

[注]
  • (1)「農林水産基本データ集」農林水産省ウェッブサイトを参照した。(http://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/index.html)
  • (2)農林水産省は「グローバル・フードバリューチェーン戦略」を提唱しているが,海外での農業生産にそれほど熱心取り組んでいるようには見えない。(http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokkyo/food_value_chain/about.html)
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article743.html)

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