世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中国の人工知能の発展現状と課題展望
(元金融機関 エコノミスト・東京大学 学術博士)
2025.09.29
人工知能(AI)が世界的に重視される技術となり,電力や半導体に対するAI特需のみならず,熾烈な国際間・企業間競争が惹起されている。中国では人工知能ブームが現れ,競技場を走る人型ロボット,加速するAIエージェント技術の開発,拡大し続ける大規模言語モデルの応用分野など,AI技術の更新,起業が活発になり,人工知能産業も成長してきた。
7月21日に発表された統計報告によると,2024年に中国の人工知能産業の規模は7000億元(1元は約20.5円)を突破し,数年連続で20%以上の伸びを保っている。
中国の人工知能関連の企業数はすでに5000社を超え,2030年までに人工知能コア産業の規模が1兆元を超え,関連産業の規模も10兆元を超えると予測されている。人工知能分野の研究開発が盛んであり,AI特許の出願件数も顕著に増加している。世界知的所有権機関(WIPO)リポートに基づく中国国家知識産権局の公式見解によると,中国は世界で最も多くの人工知能特許を保有しており,世界シェアは60%に達している。
中国AI産業の発展はデジタルインフラの整備やデジタル産業の発展に負うところが大きい。「第14次五カ年計画」(2021-25年)期間中,中国のデジタルインフラが大きく発展し,今年6月末時点で5G基地局の総数は455万ヵ所,ギガビットブロードバンドの契約数は2億2600万件に達し,演算能力の総規模は世界2位となっている。中国のデータ関連企業数は40万社を超え,データ産業の規模は5兆8600億元に達し,「第13次五カ年計画」(2016-20年)末に比べ117%増加し,今後数年間も高い成長を維持する見込みである。
中国AI産業の発展は,政府の早期からの同産業への重視姿勢と施策強化に深い関係があると見られている。中国のAI促進政策は,製造業のグレードアップを目指す「中国製造2025」が公表された2015年5月から1年後の2016年5月に「“インターネット”+人工知能3年行動実施方案」という文書で公布され始め,翌17年の6月と12月に「次世代人工知能中長期発展計画」と「次世代人工知能発展促進に関する3年行動計画」がそれぞれ公布・実施された。またこの間に「中国製造2025」に関連するスマート製造関連の政策が多数施行され,AI産業の育成と製造業の高度化を目指すデジタルイノベーションの促進が図られた。さらに地方政府もAI産業の育成・促進政策を多数公布・施行し,地域間のAI発展競争も繰り広げられた。そうした中で中国には北京,上海,杭州,深圳の4大都市を主とするAI産業の4大集積地(クラスター)が形成され,ビッグテックやスタートアップ企業が輩出した。
これまでの発展経験や取り組み実績を踏まえて,中国政府・国務院はこのほど「“AI+”行動の踏み込んだ実施に関する意見」を通達し,「AI+」発展のための明確なロードマップを示す計画として,重点分野でのブレークスルーから経済発展の重要な成長源の形成,さらにスマート経済・スマート社会の新たな発展段階への全面移行までを定めている。同意見は「AI+」の6つの重点行動の加速を求めており,具体的には,「AI+」科学技術,「AI+」産業発展,「AI+」消費高度化,「AI+」民生・福祉,「AI+」ガバナンス能力,「AI+」国際協力で,同時に8つの基礎的支援能力の強化を要請し,中には,モデルの基礎能力の向上,データ供給のイノベーション強化,スマート演算能力の統合強化,応用の発展環境の最適化,オープンソースエコシステムの活性化,人材育成の強化,政策・法規の整備,安全能力レベルの向上などが含まれる。
同意見が通達される前後に際し,北京市は,「北京,AIを活用した科学研究加速行動計画」を発表し,2027年までに科学基礎大規模言語モデルを構築するための具体的取り組みが提起され,上海市は,「上海市,エンボディドAI産業発展実施方案」を公布し,エンボディドAI産業における世界的なイノベーション先進地域の構築を目指して,2027年までにエンボディドAI中核技術の20件以上のブレークスルーの達成,中核産業の規模を500億元以上への拡大などが表明されている。今後両市に追随する多くの地域・都市レベルのAI産業促進策が公布‣実施が見込まれており,来年からの第15次5か年計画の実施開始に向けて中国人工知能発展に対する政策支援と地域間競争がさらに強まるであろう。
むろん,中国のAI産業の発展には多くの課題や挑戦が横たわっているのも事実である。例えば,目下のビッグデータ質とAI特許質の向上の必要性やAI人材の育成強化,AI半導体の確保,アメリカとの技術摩擦と競合の激化の対応などが挙げられる。またそれ以上に重要かつ切迫している課題は,逸早く成長してきたAI産業に対する適度な管理監督とAI利用における必要不可欠な法整備の強化が求められている。
これまで,中国政府は主にAI産業の発展促進に舵を切っていた。しかし,ここに来てAI産業,特に生成AIの開発利用に関する管理監督の政策法令や手引・標準も数多く公布・施行するようになった。今後も生成AIを主とする新産業の急速な発展と他の産業への融合拡大により,AIの利活用に関する監督管理や社会倫理にかかわる教育指導と法律の充実がこれまで以上に強く求められるが,イノベーションの促進とAIに対する管理監督の強化の間にも政策のさじ加減が必要であろう。また,これは単なる中国内における「政府と市場」の対応問題にとどまらず,AIの国際標準の制定や独禁法に絡む国際的な紛争対応なども今後増えてくると見られている。
もとより人工知能のルールづくりにおいて世界の対応は割れており(この3年でAIルールが3割増の1300超と乱立する。『日本経済新聞』2025.9.20),簡単に国際協調を取りまとめられるものではない。中国政府は7月下旬に世界AI協力機構の設立を提唱し,現時点で本部を上海に置くことが検討されている(「新華社」2025.7.28)。これに関してどれだけの国際呼応が得られるのか定かではないが,積極的に国際交流と技術協力に取り組むことが諸問題の解決対応に有利であることは確かであろう。
また地域間・企業間の過当競争への対応や,AI応用拡大に伴う失業,配置転換など未曽有の事象や状況の予見・対応も容易ではない。新産業としての中国AI産業の発展にはまだ多くの困難や課題を乗り越えていかなければならないであろう。
[参考文献]
- 邵永裕「中国AI産業の育成にみるデジタルイノベーション」『CHINA BUSINESS QUARTERY:2025年Spring』2025年4月2日。
- 「特集 データとAIが変える社会のゆくえ」,『経済セミナー』2025.8・9(No. 745)。
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