世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.4001
世界経済評論IMPACT No.4001

格差が育むポピュリズム:欧州の先例に見る自国優先の論理

太田瑞希子

(日本大学経済学部 准教授)

2025.09.22

 「日本人ファースト」をスローガンとした政党が,2025年7月の第27回参議院選挙で複数の比例区・選挙区で議席を獲得した。外国人受け入れ拡大への慎重姿勢や日本人優先の生活保障を訴え,都市部の若年層や地方出身者を中心に支持を広げた。これを単なる排斥的ナショナリズムの危険な潮流だと断定するのは単純すぎる。過激な言説もあるが,「日本人ファースト」の支持層の底流には,なぜ自国の政府は自分たちを優先しないのか/自分たちの生活が苦しいのになぜ外国人に手厚い保障を与えるのかという相対的剥奪の感覚がある。欧州政治学で言う「福祉ショービニズム(自国民優先の分配要求)」に近い心性であり,分配への不信が政治的不満と結びついている。

 この動きで先行するのが欧州である。「○○第一」型の標語は,右派ポピュリズムの定番となった。フランスの国民連合(RN)は,前身の極右・国民戦線(FN)期には「フランス人優先」を掲げ,近年は「脱悪魔化」戦略の下でレトリックを和らげ,マリーヌ・ルペンは2017年・2022年ともに大統領選で決選投票まで進んだ。オランダの自由党(PVV)は「オランダ人を再び1位に」を掲げ,2024年に連立入りした(2025年6月に連立離脱で政権は崩壊)。イタリアの同胞(FdI)が2022年にメローニ首相を輩出し,右派ポピュリズムが国家統治の中枢に到達しうることを示した。中・東欧でも「○○第一」型の訴えが広がり,連立参加や議題設定で影響力を行使する。重要なのは,格差それ自体よりも,格差が放置されているという感覚が共有され,それが「自国民優先」への具体的な投票行動として表れる点である。

 この流れは,EUの拡大と深化と密接に絡み合う。EUの統合の発展は,様々な面で「乖離(ダイバージェンス)」の進行を促進してきた。単一市場とグローバル化の進展は,都市の高付加価値サービスと周縁の製造・一次産業のあいだに構造的乖離を生み,所得・雇用・公共サービスへのアクセス格差を拡大させた。2010年代以降,EU域内では二重の格差が際立った。第一に北西欧と南東欧の加盟国間格差,第二に各国国内の都市対地方の格差である。単一通貨の下での競争力格差と財政規律は,南欧の失業と公共サービス縮小を深刻化させ,国内では雇用の非正規化と中間層の不安を増幅させた。フランスの「黄色いベスト」運動は,生活負担とエリート不信の噴出であった。

 2015〜16年の難民流入危機は,治安や同化,財政負担への不安を一挙に可視化し,EUの受入れ・再配置をめぐる対立を先鋭化させた。とりわけ中・東欧諸国では,主権と文化的同質性をめぐる反発が強まり,ドイツが主導するブリュッセルの決定に対する抵抗が政党支持の再編を促した。英国でもこの時期,移民・難民が主要争点化し,離脱・残留をめぐる分断を深めたと指摘される。

 加えて,2004年の東方拡大以降,西・北欧には中・東欧からの労働者が大規模に流入してきた。自由移動の早期開放を選んだ国では,建設・物流・製造などで低コスト労働との競争感が強まり,「域内他国への労働者派遣(posted workers)指令」の下で一時派遣が拡大したことも相まって,労働組合や在来労働者の間に社会的ダンピングへの警戒が広がった。これは賃金の下押し圧力・交渉力低下の感覚を伴い,相対的剥奪と所得不満を通じてポピュリズム的訴えへの受容を強めた。

このような土壌で躍進したのが,自国民優先を掲げる右派ポピュリズム勢力である。

 英国民がEU離脱を選択した2016年の国民投票でも,この構図は読み取れる。残留が明確に優勢だったロンドンを除き,イングランドの多くの地域では離脱が上回った。2004年拡大以降,英国は域内自由移動を早期解放し中・東欧からの労働者流入が急増した。そこに難民流入危機が重なり主要争点となって反EU票の動員を助けたと分析される。ただし,地方でもEU補助金やEU経済との結びつきが比較的強い地域では,残留支持が相対的に強かった区域もあった。

 もちろん,EUが格差拡大を放置してきたわけではない。結束政策や「次世代EU」(新型コロナ危機からの復興とグリーン・デジタル移行を支援する資金枠組み)を通じてインフラ・人材・企業投資を支援してきた。もっとも,効果には地域差がある。統治の質と行政能力,そして受益者の申請力と共同負担(コ・ファイナンス)余力の有無で成果が分かれ,顕在化には数年〜10年を要する。再工業化も同様に,設計と実装の質で差が出る。域内格差是正の財政負担を担ってきた西・北欧諸国では,終わりの見えない支援がEUへの倦怠感を招き,配分の選択と集中や共同負担の厳格化を求める声,さらにはEU懐疑的な右派ポピュリズムへの支持に結びついている。

 日本は欧州の数歩後ろを歩いている。欧州の先例が示すのは,格差の「放置感」が広がるほど自国民優先が支持されるというメカニズムである。鍵を握るのは,分配と機会への公平感を制度が回復できるかどうかであるといえよう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article4001.html)

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