世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
正副大統領候補が示すアメリカの変容
(国際貿易投資研究所 客員研究員)
2024.08.19
両党の正副大統領候補出揃う
米国大統領選挙における両党の正副大統領候補が出揃ったが,ともに党内の新しい勢力への重心の移動がさらに進んだ印象である。
2大政党制である米国においては,民主・共和の分極化が進んでいると報じられ,それは事実ではある。しかし,米国は民主・共和で2つに割れているだけではなく,実際には各党で内部がまたさらに大きく見て2つに分裂し,全体で4つに割れているのが実態である。そしてそれぞれ党内で,新勢力への重心の移動が起きているのが,今回の候補者選定でも明らかになった。
共和党:トランプ&バンスでトランピズム政党化
共和党は,1つめの勢力がレーガン以来,確立され主流を形成してきた保守中道派で,①経済:小さな政府/自由主義,②外交:国際主義,③文化:伝統重視を特徴とする。自由経済と米国の伝統文化を守り,軍備を増強し権威/共産主義を抑えて国際秩序を主導していくとの考え方だ。
これに対して2つめがトランプによって顕在化したトランピズム勢力で,①経済:保護主義,②外交:一国主義,③文化:伝統重視の立場にある。経済面(①)では行き過ぎたグローバリズムがラストベルトと言われる製造業地域の荒廃を生み,外交面(②)では過剰な紛争介入などからくる重い負担が米国の国力を疲弊させ,文化面(③)では不法移民受け入れや行き過ぎた多文化主義が伝統文化を危機に晒しているとの立場である。
前回のトランプ政権では,トランプ本人は言うまでもなくトランピズムの主導者であったが,ペンス副大統領はむしろ従来からの保守(キリスト教右派)に属していた。これに対して,今回,トランプが副大統領候補としたバンス上院議員は,トランプの忠臣であり,トランピズム派の候補である。
バンスは元々アンチ・トランプを自認していたものの2021年に詫びを入れて和解,トランプの支持を得て上院議員に当選している。いわば「転向組」ではある。ただし,アンチ・トランプ時代から,トランプが唯一,ラストベルトの製造業荒廃・白人労働者層の困窮を認識しているとの評価をしており,問題意識は共有されていた。トランプ本人は選挙マーケティング的観点からトランピズムを始めた感もあるのに対して,むしろバンスは,ラストベルトの貧困家庭で荒廃の中を生き抜いた生い立ちを持ち,さらにイラク戦争への従軍では「国際主義」の実態を目の当たりにしており,彼が保護主義,一国主義を唱えても違和感はない。
トランプは,労働者や貧困層への寄り添いを掲げ,ちくはぐながら当該層をも意識した政策運営に着手した。バンスの主張は,そこからさらに大企業に背を向け,労働者寄りに進もうとしている。正副大統領候補を圧倒的支持でトランピズム勢力としたことによって,共和党は今回の党大会を終えて,トランピズム政党としての更新が完成されてきたといえそうである。ここから先,どれほど真に「労働者の党」になっていくのか,あるいは揺り戻しがあるのかが注目される。
民主党:ハリス&ウォルズで左派寄りに進む
これに対して民主党は,1つめの勢力が,クリントン夫妻(元大統領と元国務長官)やオバマ元大統領などによる中道勢力であり,1980年代に台頭して党内主流派の地位を占めてきた。政策は,①経済:大きすぎない政府/自由貿易,②外交:国際主義,③文化:多文化主義・環境保護の促進を特徴とする。共和党中道派との違いは勿論あるが,どちらもビジネス寄りであり,その差は意外に小さい。だからこそ過去,両党中道派が党内を圧倒していた時期は,超党派合意も今よりは取りやすかった。
他方,2つめは,サンダース上院議員や一部若手下院議員などに代表される左派勢力で,①経済:大きな政府/保護貿易,②外交:非介入主義,③文化:多文化主義・環境保護の大胆な促進を主張する。こちらは非主流に転落していた旧来の左派に,近年,多文化主義・環境保護を重視する若手が加わり,勢力を伸ばしている。面白いことに,これをトランピズムの政策と比較してみると,文化面(③)では完全な水と油であるのに対して,経済面(①)と外交面(②)については,実は民主党中道派の政策よりもかなり近い。2016年の大統領本選挙において,ヒラリー・クリントンではなくトランプに入れたサンダース支持者が相当数存在した所以である。
現行のバイデン政権は,民主党内で台頭する左派勢力に押される形で,経済・外交・文化いずれの面においても従来からの中道派の政策を半ば諦め,左派の主張をかなり取り入れた。その結果,経済(保護主義等),外交(非介入主義等)面では,事実上,トランプ前政権の方針を多く引き継いだ形となっているわけである。
それでも,バイデンは元来,筋金入りの中道派であり,政権の軸を中道派側に残したいとの意思は働いている。ハリスは,過去の主張からは左派寄りと見られていたものの,政権入りしてからは独自色を出さず(出せず,あるいは独自色があまり無い(?))にいた。
今回,ハリスは,バイデンという中道ラベルの器から解き放たれる。副大統領候補になったウォルズ ミネソタ州知事は,一見,田舎の好々爺風ではあるが,施策をみれば立場は見た目よりもだいぶ左派寄りである。正副大統領候補選定において,民主党の軸は左派側に動いたと言ってよいだろう。ただし,共和党に比べるとまだ中道派は強く,正副大統領候補も左派を代表するような立ち位置でもなく,共和党のトランプ出現時のような激変は見込まれない。
ハードルはさらに上がる
選挙本番までまだ2ヵ月以上あり,それまでは突発的な追い風や逆風で支持率に上下があろうが,予断を許さない。
トランプが選挙に勝利した場合,党の純化が進み,最高裁の保守化も進んだ今,政策は第1次政権のトランピズムをさらに大胆かつ先鋭にしたものとなることが予想される。特に上・下院議会も共和党が多数を制する「トリプル・レッド」となればなおさらである。日本/日本企業にとって,第1次トランプ政権時に対応は済ませておいたから大丈夫,との発想は効かない可能性も十分ある。ハードルはさらに上がるのではないか。そういうトランプの「ディール」の姿勢こそ,我々がトランプ第1次政権から学んだことであり,備えはそこまで拡げて準備しておく必要があろう。
これに対して,ハリスが勝利すれば,大きな流れとしてはバイデン現政権の方針が引き継がれることになる。とはいえ,個々の施策レベルでは,バイデン政権時に比べて,より左派寄りに傾くことが予想される。環境保護などは,強化されていくことになろう。
ただ,どちらになっても方向性が変わらないものもある。共和党はトランピズム,民主党は左派にシフトしていることで,両者の政策面での類似部分,すなわち,経済面での保護主義,外交面での一国主義/非介入主義については,両党で程度や政策ツールの差はあっても,いずれにせよ強化方向であり,解消される見通しは立たない。現状より対応が難しくなるだろう。
それでも,日本を含め世界の多くの国/企業は,米国という世界最大の市場でビジネスを繁盛させ,自地域への米国のコミットメントを維持しなくてはならない。そのためにはどうすればよいのか。米国の変容とその行方を見通して,場当たり的な対処ではなく,かなり根本的な部分から,米国との関係性のあり方をアップデイトすることが必要となってきている。
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鈴木裕明
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