世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
中道主義の経済学:サバイバルは可能か
(国際貿易投資研究所(ITI)客員 研究員・元帝京大学経済学部大学院 教授)
2024.04.29
中道主義は一種の哲学的なアポリア(apporia)(注1)である。即ち,それはリベラルな社会,あるいは資本主義経済を,①古いリベラリズムの矛盾を克服しながら,あるいは②社会主義を乗り越えることによって,より洗練され単なる言葉の表現ではない「新たな経済学」を明確にしていこうとする概念思想である。アリストテレスはひとつの問いにふたつの相反した合理的な解があるような難題のことをアポリアと呼んだ。中道主義者はネオリベラルな考えを哲学的にも理論的にも実行可能な概念に移していくことに重きを置こうとしたのである。従って,労働市場の柔軟化政策のための規制緩和を推進したり,あるいは国有企業の経営を民営化したり,さらに公的な企業体でなされている伝統的なサービス分野(郵便,電気通孫,輸送,エネルギー,教育など)を民間サービス部門に移管したりするような民営化は,競争市場の価格メカニズムという基本的な原則の観点から,十分に正当化されるものである。しかしながらことは市場サイドだけのことではない。自由主義経済的なネオリベラリズムの原理原則に倣って,もし国家や政府が民間の企業経営モデルを模して,組織や管理や戦略を実行できれば効率的な国家や政府の行動も十分にやっていけるのではないかという疑念である。このように言うのはフランスの経済学者,ルイ・マルリオ(Louis Marlio)(注2)らである。マルリオはあのウォルター・リップマン・シンポジウム(Colloque Walter Lippmann)参加メンバーにおいて社会民主主義的要素を残したリベラリズムを掲げて,公共サービスへの国の関与,社会保障,公共財政の再配分などを提唱した。また,フランスの首相に6度就任したアリステッド・ブリアンのような聡明な政治家は,戦後のフランスは組織だったモデルでなく国家主導型モデルに向かっていると考え,中道急進党や社会党でさえもその考えを支持した。中道主義の経済学とは,極端な資本主義や社会主義のどちらか一方に偏らない経済政策や理論のことを指し,市場経済の効率性と公平性を両立させようとするアプローチで,且つ,私有財産と市場のメカニズムを認めつつも,国家が経済活動に介入し,社会的公正や福祉の増進を図ることを特徴としている。
コロナ・パンデミクの収束によって世界は不確実で混沌とした状況から正常化に向かうとの期待があった。実態はインフレ再来,難民移動・移民急増,階層格差拡大,紛争・対立の拡大など明らかに状況は悪化している。2024年6月6日~9日実施の5年ぶりの欧州議会選挙は,今後の欧州連合の政策のあり方を大きく変えてしまうリスクを孕んでいる。ポスト冷戦時代におけるリベラル民主主義の勝利 米国の一強時代のなかでグローバリゼーションはさらに存続するものとされていた。しかし,ロシアのウクライナ侵攻をもって2023年度の外交青書でも指摘するように「ポスト冷戦時代は終焉した」とされている。政治的には専制主義対民主主義,経済的には公共主導対市場主導,などこれまでの対立軸とは様相を異にするようになった。前回の欧州議会選挙後の5年間,「リニュウ」(Renew Europe group)欧州刷新会派はすべての欧州議会の政党間の連携工作に熱心に取り組んだ。同会派のフランスの比例拘束名簿第1位のバレリー・ヘイエは,「これからもキャスティングボードを握るのは我々のグループだ」と豪語する。しかし欧州政治の専門家の間ではまさにここに陥穽があると言う。現在第1党の中道右派のEPP(欧州人民党)と,第2党の中道左派のS&D(社会民主進歩同盟)の主要欧州会派グループは,前回の欧州議会選挙で多数派を占めることができず,法案採決には常にリニュウ会派の支持が不可欠となっていた。フランスの欧州議会議員はEPPやS&Dの政党会派グループでも少なくなっており,フランスの影響力低下の可能性が懸念される。この有力2大会派は前回2019年の欧州議会選挙で初めて過半数を割った。一方,急進的なEU懐疑派とされる「アイデンティティと民主主義」(Identity and Democracy: ID)」は73議席を獲得し,第4会派となった。ただし全体ではEPPとS&Dに中道リベラルの「リニュウ」,環境保護派の「緑・欧州自由同盟(Group of the Greens/European Free Alliance: Greens/EFA)」を合わせた親EU的な会派が518議席を獲得し,どうにか過半数を維持した。欧州中道右派「リニュウ」(Renew)は,欧州防衛の強化,グリーン・ディール政策の実行,ハンガリーのヴィクトール・オルバンのような政治体制に対する法の支配が優越することなどをマニフェストとして掲げている。中道派は「人道主義的な」移民政策を掲げて,この分野ではあえて厳しい姿勢を見せることによって保守右派のPPE党(欧州人民党)との差別化をアピールするようになってきた。「リニュウ」党首ヘイエは,「この点についてポピュリストとも極左主義者との違いに曖昧さは全くない」と強調するが,選挙民にはその違いが曖昧である。
しかしながら,最近の動向に注意深く目を向けると,この中道主義の政治的イデオロギーのスタンスは,国によって様々であることが分かってくる。そしてその経済学的なメカニズムも異なる。ここでは政治学的な解釈に加えて,経済学的な分析に焦点を当てると,「市場の失敗」とミクロ経済学で論じられる点について行動経済学の考えがひとつの手掛かりを与えてくれる。例えば日本では元日銀の翁邦雄氏が著した『人の心に働きかける経済政策』(岩波新書)にあるように中道主義的なマクロ経済政策が真剣に模索されようしていると筆者は考える。
[注]
- (1)相反する命題が存在する矛盾のこと。Bruno Amable、 " Le néolibéralisme"、 Que sais-ja ? P58に中道主義との関連性叙述
- (2)Louis Marlio, « Dictature ou Liberté. Un nouvel ordre social », Revues de Deux Mondes vol.56, no1, p.106-107
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