世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
史的開発論からみた中国経済:習近平時代の憂鬱
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2024.03.04
第2次世界大戦後の中国は,毛沢東・周恩来,鄧小平,江沢民,胡錦涛へと指導者が変遷し,そして習近平指導体制となった。一連の政策が奏功して現代中国は,かつてプレビッシュによって考案された中心国・周辺国理論の中心国のようにふるまうようになったのである。19世紀のイギリスがそうだったように,世界の工場としての役割を担うようになったのだ。そして2008年に発生したリーマンショックを機に,国内の大規模なインフラ投資を実施することを通して世界経済の牽引役を引き受けようとした。
いうなればケインズ流の大規模な公共事業を遂行することで,世界的次元の大不況へ向かうプロセスを阻止しようとする試みであった。2012年に胡錦涛からバトンを受けた習近平は,さっそく「一帯一路」とアジアインフラ投資銀行(AIIB)創設というグローバル規模のインフラ建設構想を打ち上げた。そこにもくろまれたのは,国境を跨いでの陸路を中国製の高速鉄道で連結し,中国産の各種製品をヨーロッパ世界へ普及させること,そのためのインフラ向け資金を協力国から調達して,インフラ自体は中国人労働力で完成させようというのである。それは海路においても同様であり,関係国の港湾や道路・鉄道などのインフラを中国人の手で建設してやろうというものであった。さらに開発途上国に対しては,エネルギー資源や鉱物資源などの一次産品を確保するという目的のもとで,中国からの経済援助の方式を運用しようというもので,いわば南南協力の一形態として捉えられもした。かくして鉄道事業の代表的なところを挙げるなら,メキシコやチリおよびインドネシアにおいてそれは実現した。ところが周知のように,そこにはいわゆる「債務の罠」が待ち構えていたのである。まずスリランカが債務不履行を宣言した。さらにアフリカのいくつかの国も罠にはまる可能性を秘めているようだ。たとえばケニアが,中国依存脱却を表明したばかりだ。さらに先進国サイドでは,イタリアがすでに「一帯一路」から離脱することを表明している。こうした動きの背景には,これまで世界各地で生じた出来事(新型コロナ病原菌の流行やロシアによるウクライナ侵攻)に対する中国の対応への不満なども考えられよう。
国際政治面において中国は,不安定要素に満ちている。たとえば香港の処遇がかなり強権的であったこと,台湾に対してもかなり強圧的態度を見せていること,南沙諸島海域においても同様である。こうした事情から中国の権威主義的体質のよくない一面が出ているようにも見えるのだ。
国内においても,不安定要素が散見される。まず挙げるべきは,習近平政権の経済面を担当してそれなりの実績を挙げてきた李克強が突然死したことだ。李は江沢民時代に経済面を担当して首尾よく難局を切り抜けた朱鎔基と同様に,中国の公式統計は信用できないと公言していた。いろいろ言われるようになっているが,たしかに中国の公式統計はいくらか割り引いて捉えなければならないのかもしれない。
中国経済は2010年代後半からやや傾きかけたように見える。鄧小平の「南巡講話」(1992)を機に,積極的に西側の資本技術を受け入れて良質な中国人労働力との絶妙な組み合わせによって中国は高度成長を実現してきた。そこに用いられた開発論のツールはルイスの余剰労働移動説だったし,前世紀末までに「ルイスの転換点」を経過したとみなされている。つまり中国人一般の賃金水準は上昇に転じ,結果的に中産層が形成されていった。産業政策においても,深圳・珠海・仙頭・厦門に経済特区を創設して,開発論の村上敦=バラッサの貿易戦略モデル(輸入代替と輸出指向,国内市場と海外市場との時宜にかなった組み合わせで経済成長を実現しようとするもの)の適用によって中国は大成功を収めた。その一連のプロセスは胡錦涛時代までである。
さて習近平時代になってから強権的・権威主義的な体質がより鮮明になっていっただけでなく,経済面の失態が目につくようになる。決定的な転換点は2020年代の新型コロナ病原菌対策であろう。中国が採ったゼロコロナ政策によって,それまで構築されていた経済構造が前進できなくなったのだから。マクロ経済の矛盾も露になった。不動産事業の行き詰まり,若年失業者の大量発生,ゴーストタウンの顕在化(限界資本係数は圧倒的に高いであろう),および各種事業所での賃金未払いなど深刻な危機に陥ったかのように見える。それに起因して,日本を含む周辺国の代表的企業も重大な経営危機に陥るところが出現しつつある。こうした難局から脱却するには,国際協調のもとでより合理的な税制改革や有効需要増進へむけての努力など健全なマクロ経済運営に注力することが要請されよう。
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