世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3297
世界経済評論IMPACT No.3297

生産性について考える:人への投資と大学の無償化

岩本武和

(西南学院大学経済学部国際経済学科 教授)

2024.02.12

 2024年1月9日に「人口戦略会議」が提出した「人口ビジョン2100」によると,現在日本の人口はおよそ1億2000万人だが,2100年には6278万人に半減すると推計されている。人口半減という恐るべき推計だが,そのため2100年の段階で,人口8000万人規模で安定させ,成長力ある社会を構築することを目指すべきだとしている。

 数日後の15日,ドイツ連邦統計庁が公表した2023年の名目GDPの暫定値によると,日本の2023年の名目GDPはドイツに抜かれ,世界第4位に転落する公算が大きくなった。日本の名目GDPは,1968年以来,米国に次ぐ世界第2位の経済規模を保ってきたが,2010年に中国に抜かれ第3位,2023年にはドイツに抜かれ第4位に転落する模様である。さらに,数年後にはインドにさえ抜かれ,世界第5位に転落する可能性さえある。

 ただ,2022年の「一人当たりGDP」は,アメリカでさえ第7位(約7万6000ドル),ドイツ19位(4万9000ドル),日本31位(3万4000ドル),中国に至っては68位(1万3000ドル),インドなどは143位(2400ドル)に過ぎない。この「一人当たりGDP」という値は,「生産=所得=支出」というGDPの三面等価によって,「一人当たり生産高」も意味し,これは「労働生産性」に等しい。したがって,問題は日本の名目GDPのランキングではなく,「生産性が世界で31位と低い国である」ということにある。

 「生産性」とは,一般に「生産物(アウトプット)/生産要素(インプット)」で表される。労働生産性ならば,上記の生産要素が「労働」となるので,「生産高/労働投入量」となる。さらに,(労働)生産性,価格(物価),(名目)賃金の3者の間には,「価格=賃金/生産性」という関係がある。例えば,ある自動車メーカーが生産する車の価格に生産量をかければ,この会社の生産高(収入)は「価格×生産量」となる。もしこの収入が,全てこの会社で働いている労働者に分配されるとすると,「価格×生産量=賃金×労働者」である。両辺を生産量で割ると,「価格=賃金×(労働者/生産量)=賃金×(1/[生産高/労働])」となる。この一番最後の項の[生産高/労働]は,一人当たり生産,すなわち労働生産性である。したがって,「価格=賃金/生産性」という関係が導き出される。

 近年,労働界と政府の間で持続的な「賃金の上昇」が合意されているが,「生産性の上昇」が伴わなければ,「物価が上昇」して,インフレが加速,名目賃金が上昇しても,実質賃金は下落して,生活は苦しくなるだけだ。個別企業を見ても,生産性の上昇を伴わない賃金の上昇は,生産物価格が上昇して競争力は下がることになる。冒頭で示したように,日本の人口は減少する一方なので,少ない労働者で,生産性を維持ないし上昇させなければならいというのが,日本が直面している冷徹な課題である。

 経済学部のどんな科目を担当するにせよ,最初の授業では,まずこのことを話しする。生産性を上昇させるには,技術革新か教育(人への投資)が重要だ。君たちは,こうした問題意識を持って勉強しろ,私もこうした危機感を持って教育に携わっている。お互い,ぼーっと生きてんじゃねーよ! チコちゃんに叱られるぞ。留学して1年卒業が遅れるなど,恐れることはない。簡単に単位だけを揃えるのではなく,時間はかかってもよいから,とにかく自分の生産性を上げてから卒業しなさい。

 ただ,教育による生産性の上昇は,学生や教員といった個人の努力だけでは如何ともしがた。重要なのは,教育投資である。政府支出のうち文教・科学振興に占める割合は,歳出(114兆円)のうちわずか4.7%(5.4兆円)に過ぎない(2023年度一般会計)。

 2023年12月22日に閣議決定された3兆6000億円規模の「こども未来戦略」では,理想の子どもの数を3人以上とする夫婦が,教育費の負担を理由に3人目を断念しているという課題の解消を目指した。この戦略案において政府は,3人以上の子供がいる多子世帯について,2025年度から大学授業料などを無償化する方針を打ち出した。扶養する子どもが3人以上の多子世帯に対して,子どもが大学に進学した場合,少なくとも1人分の授業料や入学金が無償化される。2人の子どもが大学に在学している場合には,2人分が無償化の対象となる。いずれも世帯の所得制限は設けない。大学に4年間通った場合,授業料と入学金を合わせて,1人当たり,国公立大学で約244万円,私立大学で約306万円を上限に支援する。こうした修学支援により,2025年度以降,新たに2600億円程度の予算が必要とされる。

 もっとも,「子どもが3人以上いる世帯」という支援対象の定義や,高校生の子どもが1人や2人の家庭で3人目が生まれることの非現実性など,批判的な意見も多い。しかし,こうした教育支援は未来への投資であり,できるだけ短期的な不公平などを解消し,長期的な効果と整合的な政策実現が望まれる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3297.html)

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