世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.3230
世界経済評論IMPACT No.3230

財政健全化の鍵を握る「財政収支の予測と実績の乖離」

小黒一正

(法政大学 教授)

2023.12.25

 政府は2025年度のPB(基礎的財政収支)黒字化目標を堅持している。PB黒字化が実現すれば財政健全化の一歩だが,節目の2024年・25年が近づくなか,この実現可能性を吟味しておこう。まず,財政健全化の鍵を握るポイントの一つは,補正予算や減税などを今後も毎年実施するのか否か,実施する場合はどの程度の規模の補正予算等になるのかという問題だ。例えば,2023年11月上旬,税収増の一部を所得減税などで国民に還元するとして,約17兆円台の経済対策を閣議決定し,約13兆円の補正予算を編成した。9兆円弱の国債を追加で発行するが,このような対応を継続する限り,2025年度のPB黒字化目標は達成できないだろう。

 2012年度から直近まで,内閣府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」(以下「試算」という)のベースラインケース等の予測と実績を確認してみると,何が分かるのか。

 まず,確認できる一つの事実は,2019年度以降,PBの予測と実績の乖離は拡大しており,この傾向が継続すると,2025年度のPB黒字化は困難,政府の債務残高(対GDP)も増加の一途を辿るシナリオが濃厚となる。

 では,債務残高(対GDP)はどの程度まで膨張するリスクがあるのか。内閣府が2023年7月に公表した最新の試算では,ベースラインケース(2024年度以降の名目GDP成長率が0.5%~2.5%)で,2032年度の財政収支(FB)の赤字幅(対GDP)が▲1.3%に収まるとしているが,債務残高の収束値は「ドーマー命題」で把握できる。この命題の証明は省くが,中長期的なFB赤字(対GDP)をq,名目GDP成長率をnとすると,債務残高(対GDP)の収束値が「q ÷ n」で計算できる。

 内閣府の試算ではFB赤字(対GDP)は2032年度以降で拡大基調だが,取り敢えずの値として既述のq=1.3%とする。また,n=1995年度から2022年度までの平均成長率0.35%を利用すると,債務残高(対GDP)の収束値は約371%(=1.3÷0.35)となる。つまり,債務残高(対GDP)は現在の値(約210%)よりも一層膨張していく可能性を示唆する。

 だが,この試算は甘いかもしれない。2012年度から直近までのデータを確認する限り,FB赤字(対GDP)の予測の平均は4.3%だが,実績の平均は5.6%もある。平均成長率を過去の4倍に見積もり,n=1.4%としても,q=5.6%なら,債務残高(対GDP)の収束値は400%になってしまう。

 ロシアのウクライナ侵攻などの国際秩序の変容に伴い,世界経済はデフレからインフレ基調になり,長期金利にも上昇圧力が高まっている。このような状況のなか,日銀も金融政策の微修正を行い,長期金利が1%程度まで迫っているが,内閣府の試算(2023年7月版)が前提とする長期金利も2023年度は0.4%しかなく,異次元少子化対策(こども未来戦略方針)の追加的支出や財源は,試算では盛り込まれていない。また,防衛費増額の財源の前提も甘い。楽観的な推計で改革先送りとなれば,そのツケを払うのは我々国民だ。岸田首相の発言通り,2025年度のPB黒字化目標を本気で「視野に入れる」なら,PBやFBの予測と実績の乖離を埋め,2024年度の財政運営は堅実に行う必要があろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article3230.html)

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