世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
出生率の「西高東低」が示唆するもの
(明治学院大学国際学部 教授)
2023.07.10
日本の出生率の低下が止まらない。6月に閣議決定された「子ども未来戦略方針」では,出産・児童手当の拡充や高等教育の負担軽減などによって子育て世代の可処分所得を増やし,それによって出生率の反転を目指す方針が示されている。
しかし少子化の原因は所得不足だろうか。日本の出生率が低下しているといっても,出生動向は地域間でばらついている。東京都など都市部の出生率が低いのは周知の通りだが,九州地方や中国地方の出生率は東北地方や北関東地方の出生率に比べると高く,全体的に「西高東低」の傾向が強まっている。こうした傾向は2000年代の半ばから顕在化した。
日本経済新聞は7月1日朝刊のトップ記事でこの現象を取り上げ,東日本では育児や女性の社会進出の支援体制が整っていないために少子化が進んでいると論じていた。しかしその根拠は少数の市町村の事例や関係者の証言だけで,そのまま鵜呑みにできるものではない。
近年の出生率の西高東低と密接な関係にあると思われるのが,地域間の人流の変化である。今日の東北地方や北陸地方では適齢期の女性人口が男性人口に比べて大幅に不足しているのに対し,沖縄県を含む九州地方では女性人口が男性人口を上回っている。しかし東北・北陸地方でも1980年前後までは女性人口が男性人口を上回っていた。
一般に出生率と呼ばれる合計特殊出生率は出生数を出産可能年齢の女性人口で割った値であり,女性が多いか少ないかということとは直接的な関係を持たない。しかし「女性が住みたがらない地域の特徴」と「女性が結婚や出産に積極的になりにくい地域の特徴」が重なっていれば,女性不足の地域において出生率が下がってもおかしくない。
筆者の見るところ,近年の女性人口と出生率の西高東低現象の背景には,産業構造の変化と女性の高学歴化,そして経済活動の東京一極集中があったようである。
産業構造の変化とは,具体的には製造業の衰退と経済のサービス化のことである。かつては首都圏や中京地区,京阪神の製造業が地方の高校や専門学校を卒業した若年男性を引き付けていたが,この種の人流は1990年代前半に一機に縮小した。
一方,同じ時期に大学の新設や定員拡充が自由化され,四年制大学に進学する女性が急増しはじめた。また,2002年の工場等制限法の廃止によって都区部の大学の増設規制が緩和され,高卒後に都心の大学に進学する学生も増加した。経済のサービス化が進む中,首都圏の大学を卒業した女性が帰郷せずにキャリアを追求する道も開かれていった。
もちろん,進学や就職を機に都会に移動するチャンスは全国の若者に開かれている。しかし今日の日本では都市圏の中でも東京都区部のプレゼンスが圧倒的に高く,大学や優良企業も集中している。地元で満足できない東北地方や北関東の若者にとって,移動先は東京一択になりやすい。一方,九州や中国地方の若者にとって東京は遠く,地元と東京の間には福岡市や京阪神地区もある。しかし首都圏以外の地域で好条件の仕事に就くことは容易でないから,いずれ帰郷することになりやすい。
適齢期の男女人口の均衡が崩れやすいのは,男性に比べて女性が域外に流出しやすく,帰郷しにくい地域である。製造業や建設業が中心の地域では女性がキャリアを追求しにくいので,転出に比べて転入が少なくなりやすい。
また,ある地域において「家は長男が継ぎ,嫁は義父や義母と同居して老後の面倒を見るもの」という意識が強いと,それを好まない女性は寄り付かなくなるだろう。政府は子育て支援の一環で三世代同居を推進しているが,当の女性はそれを望んでいるだろうか。都市と地方の違いを別とすると,三世代同居が多いのは東日本,少ないのは西日本である。また,三世代同居が多い地域では,夫の父母との同居が妻の父母との同居に比べて圧倒的に多くなっている。
歴史学や農村社会学の文献によると,同じ日本でも東と西では昔から世帯形成慣行に差異があったらしい。東日本では世帯規模が大きく長子(長男)相続が原則だった地域が多いのに対し,南九州などでは世帯規模が相対的に小さく,相続に関しても明確な原則がない地域が少なくなかった。後者の地域では,隠居した祖父母が離家して子どもと別居したり,子どもの家を頻繁に移動するケースも多かったという。
政府は子育ての機会費用を引き下げれば出生率が上がると考えているようだが,そううまくいくだろうか。
子育て支援の一環として行われている大学生の奨学金の拡充は,地方の若者が都会に向かうことを後押しする効果を持つ。男性の大学進学率がすでに頭打ちなのに対し,先進国の中で女性の大学進学率が男性の進学率を下回っているのは日本だけなので,女性の進学率にはまだ上昇の余地がある。国民に平等な教育機会が与えられることは望ましいが,それが出生率の向上に寄与するとは限らない。
また,出生率が2より1に近くなって久しいのだから,今日の若者の多くは一人で二人の両親の面倒を見ることになる。社会保障費用の膨張を嫌う政府は在宅介護を推進しているが,そうした政策と出産奨励は両立するだろうか。むしろ現役世代を両親の扶養義務から解放し,北欧のように介護の社会化を進める方が,遠回りであっても若者が子どもを持ちやすい社会になるのではないだろうか。
*本稿テーマに関連する詳細な論考は,「出生率の西高東低と若年層の地域移動」(世界経済評論インパクトプラス No.24)を参照ください。
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