世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2930
世界経済評論IMPACT No.2930

2023年3月の銀行危機

岩本武和

(西南学院大学経済学部国際経済学科 教授)

2023.04.24

 2023年3月,米欧で銀行破綻が相次ぎ,2008年のリーマンショック以来の世界金融危機の再発さえ懸念された。すでに英文では,「2023年世界銀行危機」(2023 global banking crisis)という用語も定着し始めている。1ヶ月が経過し,金融システムは小康状態を取り戻しつつあるものの,実体経済への波及はタイムラグを伴うので,未だ予断を許さない。まず経緯をまとめておこう。

 きっかけは,3月10日,シリコンバレーバンク(SVB)の経営破綻であった。SVBは,IT企業が集積するシリコンバレーなどのテック企業等を主な貸出先としており,米銀の破綻としては,史上2番目の規模であった。3月12日には,暗号資産関連企業との法人取引を核としていたシグネチャー銀行も,経営破綻に追い込まれた。SVBに次ぐ史上3番目の銀行破綻が立て続けに起こったのである。こうした米銀の経営破綻は欧州へ飛び火し,スイス第2位のクレディスイスの経営不安が再燃,15日には株価が一時30%も急落した。19日に,スイス第一位のUBSが,クレディスイスを30億スイスフラン(4200億円)で買収することを発表した。

 今回の銀行危機は,2008年のような大きな金融危機にまで発展するかと言えば,今のところ短期的には「ノー」である。第一に,S&P500種株価指数のオプションから算出するVIX(恐怖指数)の動きから見る限り,3月の銀行危機が世界的な金融危機に発展するとは考えにくい。VIXの歴史的平均は20弱くらいで,SVBの破綻直後のVIXは,20を超えていたものの,3月末には20を下回る水準に低下した。2008年10月リーマンショック直後の89.53,2020年3月コロナショック直後の85.47などと比べて,今回の銀行危機が投資家の不安心理を高めたとは考えられない。

 第二に,今回の銀行危機は,典型的な銀行の「流動性危機」であり,中央銀行の対応も古典的な「流動性供与」であった。米銀2行が破綻した主たる原因は,預金で得た資金を米国債などの債券で運用していたため,金利上昇により,債券価格が下落し,保有資産に含み損が発生したからである。こうして,銀行から預金を引き出そうと顧客が「取り付け騒ぎ」に殺到したという流動性危機であった。これに対し,財務省と連邦預金保険公社(FDIC)は,全預金保護で破綻処理を行う措置を発表し,同時に連邦準備制度理事会(FRB)は,金融機関に対して緊急の融資枠を新設し,米国債などを担保に流動性を供給する新たな枠組みを導入した。つまり,金融危機の際には,中央銀行は「最後の貸し手」としての役割を果たすべきという古典的な「バジョットの原理」に即した対応を忠実かつ迅速に行ったのである。ただし,今のところ「個別銀行の流動性危機」とその対応に止まってはいるが,これが「金融システム全体の流動性危機」にまで発展すると,話は別であり,未だ一寸先は闇である。

 今回の銀行危機は大きな教訓を残した。それは,銀行危機がインフレ抑制のための利上げの副産物であるということである。FRBは,1年前の2022年3月15−16日の連邦公開市場委員会(FOMC)において,「ゼロ金利政策」を終了し,政策金利であるFFレートの誘導目標を0.00%-0.25%から0.25ポイント引き上げることを決定した.その後,2023年1月31日−2月1日に8会合連続で金利を引き上げ,FFレートは4.50−4.75%となった。さらに,「金融システムの安定」が求められていた3月21−22日のFOMCでも,政策金利は4.75-5.00%へと歴史的な高水準へと引き上げられたのである。こうした短期金利の上昇が,債券価格を下落させ,銀行の保有資産に含み損に発生させたのである。

 注目すべきことは,1年前の利上げを契機に,米国では「逆イールド」(長短金利逆転)の傾向が長期間に渡って続いていることである。銀行から見ると,預金金利などの短期金利が,長期の貸出金利や保有債券の利回り以上に上昇すれば,逆ザヤになり,短期で資金を調達し長期で資金を運用(短期借り長期貸し)する銀行の利鞘を大きく縮小させた。

 さらに,逆イールドは「一定の期間を経て景気後退に突入する」という米国ではよく当てはまる経験則が知られている。実際,米国は景気後退の瀬戸際にあるとの経済レポートも多く散見される。確かに,3月分雇用統計によれば,失業率は3.5%と低い水準にあるもの,同月分の米国ISM製造業景気指数は46.3と,強弱の分岐点である50を5か月連続で割り込んだ。急速な利上げと経営不安を受けた銀行の貸し渋りから,実体経済が悪化し,景気後退は不良債権の増加というさらなる銀行危機も予測される。

 こうして,米国経済は4−6月期に景気後退に入る公算が高まっているが,雇用調整が遅れているため,景気後退になったとしてもインフレが収束に向かうかどうかわからない。そのため,次回5月2−3日に予定されているFOMCでは,0.25%の追加利上げはほぼ確実であるが,他方それは5月で打ち止めになるとの見方も多い。むしろその次の6月13−14日のFOMCの決定が重要で,その間に2回公表される雇用統計で,失業率の顕著な上昇なり,就業者数の減少なり,景気後退の兆候が明確になるかどうか,それ次第でFRBの政策がインフレ抑制から景気回復に転換し,利下げに動くかどうかが注目されるところである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2930.html)

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