世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2842
世界経済評論IMPACT No.2842

フレンド・ショアリングについて考える

池部 亮

(専修大学商学部 教授)

2023.02.06

 最近,フレンド・ショアリングという言葉を見る機会が増えた。自国から見てオン・ショアは自国領内,オフ・ショアは外国ということで,リ・ショアは自国回帰であるから,フレンド・ショアは友好国・地域ということになろう。日本経済新聞電子版でフレンド・ショアリングを記事検索すると,2022年4月の記事が初出で,米国のイエレン財務長官の講演でこの言葉が使われていた。含意としては,半導体など重要産業のサプライチェーンを友好国・地域内に再配置していくべきというものである。友好国・地域とは規範と価値観を共有できる国や地域のことである。

 「フレンド・ショアリングのすすめ」が号令のようになりつつある背景には,米中対立による技術覇権争いやロシアによるウクライナ侵攻など,新冷戦とも呼ばれる分断の時代が世界を覆い始めたからである。これまで当たり前だった自由かつ安全な貿易体制は終焉しつつあり,対立する相手に自国が保有する優勢な技術を渡さない措置がとられるようになってきた。

 確かに,米中対立の長期化は確実にデカップリングを生じさせるであろう。ただし,それは全面的ではなく,半導体などのハイテク製品,レア・アースなどの希少資源など部分的な分断にひとまず留まると思われる。このほか,製薬,医療機器,電気自動車向け蓄電池なども政策リスクの大きい品目であり,フレンド・ショアリングが正解かは別としても従前のサプライチェーンを再編する必要性は高まっている。

 サプライチェーンの再配置の必要性については,こうした政策リスクの高い製品と一般工業製品との間で受け止め方が異なるであろう。国際協力銀行(JBIC)の調査(注1)によると,日本の製造企業の本社を対象としたアンケートで,米中デカップリングへの対応(複数回答)についての聞いたところ,「特に議論になっていない(54%)」,「米国と中国の事業は既に切り離している(19%)」,「米国と中国の事業を切り離す必要はない(12%)」が回答の上位であり,製造業本社に対する質問でありながら米中デカップリングへの警戒は大きくなかった。実際,こうしたサプライチェーンの再編は,その頂点となるグローバル企業の戦略と号令によって決定されるもので,サプライチェーンに参加する個々の企業が自社だけの判断で生産立地を変更することはないのであろう。また,日用品など米中の技術覇権争いの対象とならないであろう品目も多いと考えられる。このほか,米中の事業は既に切り離していると回答した企業も,使用する技術や特許にどれだけの米国と中国の要素が含まれるのかを検証しているのかは不明である。自社の生産工程は米中で別個に切り離していても,そこで使われる部品や素材を上流部にまで遡ると切り離されていないというケースもあるかもしれない。サプライチェーンの下流の産業や製品が異なっていても上流部分で同じ原料を使っているということが想定されるのである。サプライチェーンは,源流にまで遡ると長大であり,どこからどこまでを再編の対象とするのかによってコスト負担のみならず,その実現可能性も大いに異なってくる。

 サプライチェーンの再編には難しい問題も多いが,それでも再編の方向性を議論し,自社が参画するサプライチェーンに脆弱性はないのか? ということを想定しておくことは重要である。途絶のリスクがあるなら安全在庫を積み増したり,複数社購買などサプライチェーンを複線化したりすることも有効な手段となろう。リスクをゼロにするのは無理でも可能な限り低減させる努力が求められる。

 サプライチェーンの再編については,「地産地消化」と「中立化」が有効な選択肢となる。地産地消化は消費市場で生産をするという意味であり,例えば中国で売るものは中国で作り,米国で売るものは米国(あるいはメキシコなど)で作るというものである。そして,例えば中国の地産地消サプライチェーンは,基幹部品の技術的な由来や素材などから米国要素を取り除いた「米国フリー」が求められる。米中双方が自国に優位性がある技術や資源を相手に渡さないための貿易管理や企業管理を始めているからである。

 もう一方の中立化については,技術,生産立地を米中から見て中立であることを目指すものである。おそらく,サプライチェーンをインドや東南アジア諸国に置くのであれば米中から見て中立と言える生産場所となるだろう。当然のことながら,中立的なサプライチェーンにおいては米国フリー,中国フリーの素材・部品を使用する必要がある。ただし,サプライチェーンに参加する企業のオリジナルの国籍は生産場所がどこであったとしても変えることは出来ないので,何らかの「色」のついたサプライチェーンにならざるを得ない。日本企業が参加するサプライチェーンであれば,中国から見ればどこに立地したとしても米国を意識せざるを得ないので,完全に中立なサプライチェーンもまた難しいところである。

 さらに,近年,政治体制の差異という分断リスクが急激に大きくなってきている。米国が唱える民主主義は万能ではないにせよ,日本をはじめ多くの国が共通の価値観として重視しており,これを基盤としたサプライチェーンの再編方針が,フレンド・ショアリングの考え方でもある。一方で,軍事政権の国や一党独裁国家,専制主義的な国家指導者がトップにいる国など,民主主義とは相いれない政治体制の国も少なくない。ウクライナ危機の直後,ロシアから米国や日本など西側諸国の企業が撤退したように,経済制裁によって取引が困難になったからだけでなく,専制主義的な国家で収益を上げることの是非が企業に問われるのである。すなわち,サプライチェーンを地産地消化したり,中立化したりして,少しでも安全で安心な状態を手に入れたとしても,今度は製品の販売先,あるいは部品や材料の調達先に専制主義的で人権を無視するような国家が含まれていないかという点が従来以上に問われることになる。極論になるが,専制主義によって人権が抑圧されている市場でモノを作って販売して収益を上げてもいいのか?という視点がこれまで以上にグローバル企業に注がれるようになったのである。この点,調達,生産,販売という3場面において中立を維持することは相当難しい戦略になると思われる。

 もう一つ,踏まえておいた方がいいことは,米中対立がリスクを生み出しているものの,米中が和解に向かう時もまたリスクを生み出すということである。日本企業で米国陣営のフレンド・ショアリングに加わり,中国に背を向けた企業を和解後の中国は何事もなかったかのように許すであろうか。緊張緩和(デタント)によるリスクを考慮するならば,ますます中立的なサプライチェーンが求められる。つまり,国家の要請とは言え,生産立地を限定するフレンド・ショアリングにはなるべく巻き込まれないようにした方が良さそうである。

[注]
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2842.html)

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