世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2789
世界経済評論IMPACT No.2789

歴史的視座に見る東欧の一次産品問題

宮川典之

(岐阜聖徳学園大学 教授)

2022.12.19

 2022年は早くも年末を迎えようとしている。この年はロシアによるウクライナ侵攻に端を発するウクライナ・ロシア戦争の話題に明け暮れたといっても過言ではあるまい。いまなお幾多のマスメディアは,この問題を重要な論点のひとつとして取り上げ続けている。ところで本コラムでは,やや視点を代えてロシアを含む東欧において歴史を動かした一次産品について回顧してみたい。

 ロシアは現在周知のように,原油と天然ガスといった燃料エネルギー系の一次産品を,政治経済取引のための対外的戦略ツールとして用いている。そうしたやり方が,西欧諸国に重大な脅威を与えていることは明らかである。また別のコラムですでに論じたことがあるが,ロシア産の原油と天然ガス部門の周囲にはいわゆるロシア固有のオリガルヒーが巣くっている。言うなればかれらの存在は,政治経済学で論じられるレントシーカーの化身なのだ。広い視野に立てば,ロシアに内在するこの問題は,一種の「資源の呪い」として捉えられなくもない。どうやら国家指導者プーチンとの関係がぎくしゃくしているようにも伝えられている。ロシア国内の勢力関係がこの先どうなるかは不明である。

 ところでこの戦争に関連して取りざたされているもうひとつの重要な一次産品がある。すなわち小麦・ライ麦・およびトウモロコシなど穀物がそれである。ウクライナの穀倉地帯が戦争によって甚大な被害を受けた。その結果,ほんらいウクライナからアフリカをはじめとして途上国一般へ供給されていた穀物が行きわたらなくなってしまった。そのような事態が続くとなれば,関連する途上国では居住民の生命が危機的状態に晒されかねない。事実,この問題も国際経済を揺るがしかねない深刻な懸念のひとつになっている。

 さらに穀物がらみの話なのだが,15~17世紀にかけてドイツのエルベ川以東ではじょじょに穀物栽培が盛んになってエルベ川以西への輸出が増加し,その結果当該地域では,封建領主の権限が大きくなり,封建制度が根深いものになっていった。そのことを歴史家は再販農奴制と呼んでいる。つまりこの地域では封建領主であるとともに封土の経営も担っていた。そのような階層はユンカーとして知られる。かのビスマルクも代表的なユンカーであった。それはちょっとした余談だが,歴史上問題なのは,エルベ川以西ではじょじょに毛織物に代表される工業製品を多く製造するようになり東欧へ輸出した。その結果,西欧では近代資本主義が発展してゆく。つまり社会階層の分化が進行し,資本主義的発展が具体化していった。それに対してエルベ川以東の東欧では,身分格差をともなう封建制度が深化し,多くの人が経済発展の恩恵を受けるといった事態からいよいよ遠ざかっていったのである。つまりその後の東欧の経済的後進性は,そのような事情が見られたことに起因しているのではなかろうか。

 さらに北ドイツの諸都市において結成されていたハンザ同盟の時代,エルベ川以東からポーランドやその周縁のロシア地方では,穀物(ライ麦・大麦・小麦・燕麦)や船舶用木材,さらにはクロテンやシロテンおよびビーバーなどの動物の毛皮および蜜蝋などが主要産品だったことも知られている。ハンザ同盟はノヴゴロドに商館を置いて,これら主要産品(とくに毛皮と蜜蝋)をあつかったが,1478年にモスクワ公国のイヴァン3世によって破壊されてしまう。

 かくして時空間を飛び越えて一次産品を中心に東欧地域を見てきた。18世紀末から19世紀初頭にかけてロシアではピョートル大帝の近代化の試みが見られたとはいえ,筆者にはこの地域の経済構造的性質はいまなお変わっていないように見える。これは言い過ぎとの誹りを免れないかもしれないが,北欧や西欧とは異なりこの地域においては,一部地域を除いて産業構造を高度化もしくは多様化しようという気概に欠けるところがあるのではないだろうか。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2789.html)

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