世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2612
世界経済評論IMPACT No.2612

食糧安保論争から何が見えてくるか

末永 茂

(国際貿易投資研究所 客員研究員)

2022.07.25

 ウクライナ戦争によって穀物市場が高騰している。ここに来て改めて我が国の物価上昇問題とも関連して,食料自給問題がクローズアップすることになった。最新のデータではカロリーベースで37%と欧米各国と比較しても低位水準である。TPP参加の議論が産業全般にわたって議論されてから既に10年以上の年月がたっており,この時期の自給率は39%であったから,さらに減少したことになる。20年以上前から政府・農水省は50%達成を目指すといっていたが,戦後一貫した低落傾向は一向に改善されていない。

 自由貿易推進論者の農業分野での主張は「仮に海外で地域紛争が発生しても,食糧輸入先を変えれば十分対応できるから,国内自給論者の根拠はない」という説明であった。確かに,理論的には想定可能であるが,今回のような大規模な紛争が発生した場合,また地球的規模での気候変動が発生すれば,その前提が崩れる。国際論者としては随分,楽観的な主張であった。これに対して,自給論者はどうであろうか。化学(有機も)肥料や酪農の飼料はその殆どが輸入に依存している。従って「米や果樹,肉類や乳製品の自給率が比較的高いといっても,その足元はお寒い状況である」と強く指摘してきた。そして,海外依存の経済安保論はそもそも空論だったと批判している。

 自由貿易論者の食糧安保の反論は今のところ低調なようである。ウクライナ情勢がどのように今後展開するか,さらにエネルギー価格の影響を見定めることが出来ないためとも思えるが,これでは国際貿易論者の主張としては危ういものを感じざるを得ない。

 そもそも,我が国の食料自給率が改善されない根本要因は何であろうか。担い手が年を追うごとに高齢化し,当然ながら引退するのは時間の問題である。それに対して新規参入者は極めて少ない。現場ではもっぱら「土いじりなど,若い人はやりたがらない。」という声が多く聞かれる。しかし,それ以上に収益構造に問題があり,家族を養えるだけの「所得」を得られないところに問題がある。力仕事と土木作業に近い農業労働は現在,大型機械化とハウス栽培等によって,かつて(1960年代まで)の農作業とはかなり様相を異にしている。従って,日常的に耳にする「3K労働による労働力欠如説」は実態を反映していない。4年制大学農学部系卒業者のほとんどが,食品会社や製薬会社等に就職している。農業現場に参入する人は例外中の例外である。

 では,何が新規参入を阻害しているのであろうか。主たる要因は農地制度にある。戦後農政の基本は農業基本法に見られるように,農業は家族労働を単位にしており,所有面積も1ha程度である。この零細農業に次々と高価な機械や機材を導入する訳だから,収益が上がらないのは理の必然である。戦後民主主義の大きな柱に農地改革があり,これによって戦後農政の基本方針は決定され,今なお微動だにしないのである。1970年前後から減反政策が施行され,数年前に一応終了したことになっているが,今なお,各県単位で生産調整されている。そして,収益が上がらない構造に対して,農業者の要望は明確である。補助金増額と所得補償の要望であり,これを仲介する農業団体や政治活動が一層盛んに行われることになる。「農政栄えて,農業滅ぶ!」とはこのことである。当時農地改革を実地で指導した農政官僚から,半世紀前にもなるが何度も直接聞いた言葉である。今なおその声は強烈に耳に残る。

 食糧自給率低下の要因は農地制度の改革を推進してこなかったことにあり,農業衰退は新規参入できないという「内部崩壊説」によって説明されるべきである。農水省の組織原理が戦後農地改革にあったが,そこから脱却しない限り食糧自給の構造改革はあり得ない。国際派も自給派も地方農業の衰退・脆弱化と耕作放棄地の拡大,農地の虫食い状況進行という現実を直視すべきである。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2612.html)

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