世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2564
世界経済評論IMPACT No.2564

公共財としての国際会議

鈴木康二

(元立命館アジア太平洋大学 教授)

2022.06.13

 2022年5月31日付日経夕刊「十字路」欄で,今村卓・丸紅経済研究所長は以下の三点を言い世界経済の先行きを悲観する。①ロシアは,ウクライナ侵攻という武力による現状変更を試み国際秩序を揺るがしたので,世界や地域の経済協調・協力に資する国際会議への参加資格はない,と日米欧は言うが,それは世界の少数だ。中ロそしてロシア参加を認める国々は経済のグローバル化を進めたい。②脱グローバル化の動きは米中対立とウクライナへの侵攻で加速され,日米欧は新国際経済協力体制への修正に躍起だ。③国際的な経済協力の仕組みであるG20やAPECには特定国を排除する仕組みが無い。2022年のG20議長国インドネシア,APEC議長国タイは,ロシアを閣僚会議に招待するが,ロシア参加の会議はまとまらず国際秩序の修復や世界経済の安定へのメッセージは打ち出せない。国際協調は揺らぎG20もAPECは機能不全に陥り抜け出せなくなった。

 世界の経済協調に資する国際会議が,特定国を排除する仕組みを持たないのは,国際政治が安定している下で国際的な経済協調が進めば,参加国の国益にも国際的な公益にも資すからだ。世界の経済協調に資する国際会議は国際公共財だ。公共財はただ乗りを排除できない。私的財は対価を金銭で支払って得られる。空気,自然,一般道路,義務教育で得られる知識等の公共財は無償で得られる。世界の経済協調・協力に資する国際会議のG20やAPECを,ロシア,中国,新興国は,対価を支払わないで得られる純粋公共財だと思っている。平和維持と武力不行使は公共財を享受するために支払う対価だ。

 世界の経済協調に資する国際会議は純粋公共財ではなくクラブ財だ。クラブ財は,公共財維持に必要なコスト負担はする。武力不行使と言う金銭ではない対価だ。無料放送や無料トイレではなく衛星放送や有料トイレだ。クラブ財も純粋公共財と同様に非競合性はある。国際会議の枠組みに入り自国の経済発展に役立てようとの需要が急増しても,国際会議の開催コストは増えない。競合性のある公共財をコモンプール財と呼ぶ。漁業資源が典型で需要増により供給コストが急増する。牧草地のような共有資源は乱獲され資源の枯渇を招くコモンズの悲劇を防止するためにはルールが必要だ。

 国際会議では競合は起こらないからコモンプール財のような排除のルールは不要だ。排除の仕組みが無いG20,APECには欠陥があると言う今村の議論は違うと思う。国際協調・協力の枠組につき共通のメッセージを発するのは機能ではなく意味だ。TPP11は機能の問題だ。TPP11参加国は国家の経済主権の極端な主張を止めて,TPP11ルールに従った方が経済発展に資すとの機能比較をした。国際協調・協力のための国際会議は,国際経済の協調・協力を増やすという意味のために開催される。

 機能と意味の違いを曖昧にする言葉が意義だ。対象に対する何らかの目的に合った様々な手段があり機能が果たされる。意味は目的と対象だけがあって手段はコミュニケーションしか使えない。コミュニケーションを妨げる行為者に対してコミュニケーションを断ち切るのは意味を明確にする解釈項だ。意義は目的が大きく対象と手段は目的に比し小さ過ぎる場合に使われる。第二次世界大戦で日本兵は「戦陣訓」第七の「悠久の大義に生きよ」と言われ戦死していった。無意味な戦死も「お国の為に死ぬ」意義があるとして,兵士個人に戦死を納得させる機能を果たした。ロシア兵もウクライナ兵も,領土は悠久の大義だとして従容として戦っている。国家は領土・国民・主権からなるが,国民国家では言語が国家の共通アイデンティティになることが多い。祖国愛・ナショナリズムの怖さは,機能の比較ではなく意義が意味になってしまう点にある。主権国家ウクライナという記号は,領土,国民,ウクライナ語を文化的単位とする解釈項を通して意味体系となっている。

 スタンフォード大学経営大学院ゲルファンド教授の『ルーズな文化とタイトな文化』によると,社会規範に関する33か国対象の2011年意識調査で,一番社会規範が緩い国はウクライナで,一番社会規範が厳しい国はパキスタンだ。ロシア侵攻に反発し祖国愛を鼓舞する国が一番社会規範の緩い国で,イスラム原理主義という過激派思想を取り締まらず,グアダル港という重要港の40年間の開発運営権を中国国営企業に与えている国が一番社会規範の厳しい国だ。

 私利を目指す投資も見えざる手により公益になるとしたアダム・スミスは,支配者の暴力と不正は救い難いが,商人や製造業者に卑劣な貪欲心・独占根性で他人の静穏を乱させないことは容易だ,と書いた。支配者の暴力が公益となる際の私益が問題だ。組織間の取引費用を考えて,限定合理性と不確実性の下で機会主義的行動を防止するには,組織内に取り込むことが有利な場合があるとする,取引費用の経済学を国際政治に適用する考えが必要だ。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2564.html)

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