世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2514
世界経済評論IMPACT No.2514

「有事の暗号通貨」の時代は到来するか

川野祐司

(東洋大学経済学部 教授)

2022.04.25

テクノロジーの恩恵

 今から30年前(1990年頃)には,個人が金融市場に悪影響を与えるイベントに対抗するすべはほとんどなく,そもそも株式などの金融商品を買わないというのが唯一の対抗策だった。金融商品への投資をしないことで危機の悪影響は避けられたが,長期的な資産運用ができず,インフレにも対抗できないなどの問題の方が大きい。

 1990年代以降,テクノロジーの進化と金融関連法案の整備により,個人を取り巻く環境は大きく変化した。金融投資に関する手数料は劇的に低下し,外国の証券にも容易に投資できるようになった。株式や債券などの伝統的な金融商品だけでなく,不動産,コモディティ,プライベートエクイティ,ヘッジファンドなどの代替的な金融商品への投資も可能になった。

有事の金の条件

 「有事の金」はイベントによる株式や債券の価格下落から逃れるために,代替的な金融商品に資金を移す行為を指す。かつては,個人にとっては金貨やインゴットを売買するしかなかったが,現在では金価格に連動するETFを購入することもできる。ニューヨークarca市場で取引されている金ETFを購入すればドル建てでも取引できる。

 金が投資先に選ばれる理由は様々だが,国家(政府)から独立していること,多くの人が価値を認めること,取引が容易であること,実物資産であることなどがあるだろう。一方で,保管・管理にコストがかかり(保管場所,盗難対策,保険など),金利を生まないというデメリットがある。ただし,金ETFなどの金融商品であれば保管費用はかからず,低コストで取引できる。

暗号通貨に資格はあるか

 暗号通貨は多くの種類があり,特徴もそれぞれ異なっているが,ここでは,非常に多く取引されているビットコイン,イーサリアム,テザーなどを念頭に話を進めていく。

 これらの暗号通貨は,金が持つ4つのメリットのうち3つを持っている。国家から独立しているためカントリーリスクがなく,すでに多くの人が価値を認めている。特にビットコインは総発行量2100万BTC のうち,すでに1900万BTCが発行済みであり,今後は希少価値が増すことになる。一般的には取引所を仲介するが,暗号通貨は相対でも容易に取引でき,コールドウォレットに保管すれば盗難の心配もない。

 暗号通貨は実物資産ではないが,ETNやデリバティブ関連商品など実物資産の裏付けなしに発行されている証券も多数上場され取引されている。金利を生む暗号通貨もあるが,ここでは金と同じように金利は生まないと考えておく。

 本稿では「有事の暗号通貨」の時代が到来するかを議論しているが,すでに一部の人々にとっては有事の暗号通貨の時代は到来しており,議論の必要もないだろう。個人だけでなく機関投資家も分散投資の対象として暗号通貨を保有しており,市場の情勢に応じてポートフォリオを調整している。特にビットコインは非中央集権的な仕組みを採用しており,人間による恣意的な運営が排除されていることから,誤った政策による悪影響を受けることもない。

 ただし,暗号通貨への逃避には注意も要する。暗号通貨の価格については様々な研究があるが,おおむね,株価(例えばS&P500)との相関が高いことが知られている。また,最も歴史が古いビットコインでも運用は2009年からであり,リーマンショックのような大規模な金融危機をまだ経験していない。逃避先としての買いとパニック売りが同時に生じると予想されるが,株式などの伝統的な金融商品に比べて価格耐性があるのかどうかはまだわかっていない。リーマンショック級の金融危機を経ることで有事の暗号通貨の時代が到来するかどうかがはっきりするが,暗号通貨は有事の逃避先として非常に有望であり,最後のハードルは人々の先入観や誤った認識だといえるだろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2514.html)

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