世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2424
世界経済評論IMPACT No.2424

マレー人と華人の「能力差」,マハティール氏の堂々たる「差異論」

立花 聡

(エリス・コンサルティング 代表)

2022.02.21

 マレーシアのマハティール元首相は2022年1月5日CITYPlus FMの取材に応じて,種族の問題に触れ,マレー人に比べて華人はあらゆるチャンスをつかんで生かすので,公平な競争下ではマレー人が華人と拮抗することができないと指摘し,次のように語った——。

 「それは政府の干渉を必要とする原因なのだ。政府がマレー人を手助けしないと,彼たちは何もできない。華人に平等な機会を与えると,マレー人は間違いなく負ける」

 「英国植民地時代には,華人は大きな事業ができなかった。大型事業はすべてイギリス人に独占されていた。華人は小さな店しか開くことができなかった。郭鶴年(ロバート・クオック)は特例的に独占事業ができたが,あくまでも特例だ。ほかの華人はみんな大型事業から排除されていた。華人系のOCBC銀行は零細銀行で企業に融資すらできなかった。しかし,マレーシア独立の当日に,2社も華人系企業が銀行ライセンスを申請したのだった(注:メイバンク銀行(後変更)とUMBC銀行)」

 「マレーシア独立後,マレー系政府の下で,英国植民地時代にできたさまざまな華人に対する制限が撤廃された。マレー人がマレー人を手助けしようとしなかった。華人がどんどん良くなって,マレー人はただ指をくわえて傍観していただけ。華人はビジネスにおける自由をどんどん手に入れた。この事実はずっと見落とされてきた」

 種族の優劣でなく,ビジネスの能力差があったことを,マハティール氏が認めていた。デリケートな問題だけに氏の言説は「差別」と捉えられ,叩かれてもおかしくない。けれど,氏は忌避することなく何度も持論を展開してきた。

 昨年(2021年)2月17日,同国サン・デイリー電子メディア主催のライブ対談でマハティール氏は次のように述べた。

 「マレーシアでは,大多数のマレー人が貧しい。しかし大多数の華人は富裕だ。貧富の格差を解消する必要がある。これはゲームのようだ。それぞれの能力が異なるので,互いに助け合い,民族間の敵対関係を解消しなければならない。華人は4000年の優れた文化,知恵と勤勉さ,そして国際的競争力を有している。マレー人は華人と競争できない」(2021年2月18日付マレーシア南洋商報)

 マハティール氏が日本の政治家だったら,こんな堂々たる「差異」――「差別」と批判されるだろう――発言で謝罪の1つや2つで済まされると思えない。

 しかし,マレーシアでは差別という捉え方はされない。強弱の区別・差異(差別ではない)を認めることが,弱者救済や相互扶助の原点である。こう捉えられている。

 マレーシアのブミプトラ政策はマレー人優先政策としてそもそも,地元民であるマレー人と華人との強弱地位差(民族的差異)を認めたうえでの保護・救済政策だった。マレー系の人は教育や就職(特に公務員)から不動産購入まで華人に比べて数多くの優遇を受けている。

 たとえば,就職の優先権を1つとってもそもそも雇用機会平等の原則に反している。それでも政策が撤廃に至らなかったのは,弱者保護の原則が優先されていたからだ。労働法と同じ原理だ。労使の関係には強弱があってそもそも対等ではないからこそ,労働者保護が必要だということで,民法から切り離されて労働法は社会法として成立しているわけだ。

 「Lady First」も同じ。女性が相対的弱者であり,そうした男女のフィジカルな差異があってこそ,女性優先の必要がある。マハティール氏はマレー人と華人の間の強弱関係を如実に表現し,これを格差解消のための認識的基礎としたのは正当・正確であり,まったく批判対象に当たらない。そうした意味で,マレーシア国民が非常に理性的,現実主義的だといえる。

 差別批判が一種のファッションになりつつある。そうした中で,理性を失ってはいけない。近代民主主義は人間に自由と形式上の平等を与えたものの,格差の解消をコミットしていないし,また解消は不可能である。

 不平等や格差のない世界は,あり得ない。あらゆる差異を認めたうえで,可能な限り扶助救済するのが,せいぜいできることかつ必要なことではないか。そうした意味で,マハティール氏は現実主義者で優れた実務家である。

 マレー人が弱者だということを認めないと,助けようがない。しかし,日本社会での弱者救助ははるかに厄介だ。

 まず強弱の能力差を認めてはいけないのだ。認めたらただちに「差別」のレッテルを貼られる。弱者ができた原因は,外在的でなければならない。政治が悪い,社会が悪い,制度が悪い,強者が悪いと。人間の生まれつきの能力差を認めてはいけない。基準を後進(弱者)に合わせて設定しなければならない。

 日本社会の弱者は善であり,正義であり,倫理的優位性を有している。だったら,やるよりやらないほうがいいと,偽装弱者も続出する。強者や富者が影に隠れたり,国から逃げ出したりする。だから,日本の衰退が当然の帰結である。中国に抜かれ,台湾にも香港にもシンガポールにも抜かれ,アジアの三流国に転落する。このままだと必ずそうなる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2424.html)

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