世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2362
世界経済評論IMPACT No.2362

ポーランドの労働力不足とそれを補うウクライナ人労働者

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2021.12.06

 体制転換後,中東欧の旧社会主義諸国にとって,国境を超えた人の移動は基本的には自由になった。そのうえ,2004年のEU加盟により,ポーランド人ならびに他の中東欧諸国の人々はEU加盟国の労働市場に直接参加できるようになった。現在,約240万人のポーランド人が先進国,とくにイギリス,ドイツ,オランダ,アイルランドに住む。これはポーランドの総人口(38,382,576人)の6.3%に相当する。

 西欧における高い賃金がプル要因と働いたが,中長期的には,産業構造の変化がポーランド人の対外移住の意思決定に大きなインパクトを与えたと考えられる。体制転換直後の1990年当時,産業構造は旧態依然としており,西欧諸国に著しく立ち遅れていた。市場経済下では多くの企業が赤字をかかえ,失業も増加した。産業構造の変革が必至であった。ポーランドの政府と企業はフレッシュな資本と最新の技術を渇望していた。西欧企業の進出により,この国の産業構造は大きく変化し,高度化した。躍進した分野は輸送機器,ゴム・プラスチック・その他の非金属材料,基礎金属,情報・通信産業である。

 造船業,石炭産業,製鉄業,繊維産業のような斜陽産業の就業者数は激減した。必ずしも斜陽産業とは言えないが,農業も変化した。西欧の基準ではポーランド農業の労働力は過剰であった。小規模経営の農民は国内の他の産業に従事するため国内の都市部へ移住するか,もしくは外国へ移住せざるを得なかった。

 合計特殊出生率は1983年には2.42であったが,その後低下し続け,2003年に1.22を記録した。最近は1.40前後で推移している。若くて働き盛りの世代が流出し,人口の高齢化が持続すれば,将来的には高齢者の年金財政を維持するのは非常に困難になる。さらに「法と正義」(PiS)政権による退職年齢の引下げも問題である。2012年の年金制度改革により,退職年齢(=年金受給開始年齢)が男女とも67歳にされたのであるが,2016年に政権についたポピュリスト政党のPiSは,2017年10月以降,女性の退職年齢を60歳に,男性の退職年齢を65歳へと戻した。ワルシャワ経済大学の研究グループは,この措置は中期的に労働市場に否定的なインパクトを与えるだけでなく,年金財政にも大きな負担をかけることになると問題点を指摘している。

 2004年には19.0%を記録した失業率は2015年には7.5%,そして2020年には3.2%へと低下した。さまざまな分野によっては労働力不足が生じており,とくに深刻なのは農業と建設業である。これらの分野はより貧しい東の隣国から人材を受け入れている。ポーランド政府は,低賃金の労働力であればどこからでもよいとは考えていない。2009年に首相の諮問機関である移住に関する省間委員会は包括的な移住政策の指針の策定に取り掛かり,2012年に指針が承認された。その文書では,ポーランド人の子孫であるか,文化・言語の点でポーランドに近いと考えられる諸個人に特別の注意が払われた。具体的には,ポーランドの東の隣国(ウクライナとベラルーシ)が優先されている。2019年には全部で42万人強の外国人が有効な居住許可を持っていたが,そのうち最も多いのがウクライナ人(214,719人),次いでベラルーシ人(25,567人),ドイツ人(21,336人),ロシア人(12,531人),ベトナム人(12,077人),インド人(9,979人),イタリア人(8,535人),中国人(8,485人)であった。この統計だけでは実態はよくわからない。当局が発行した「労働許可」だけでなく,特別のタイプの「許可」(たとえば,雇い主が発行する「外国人に雇用を与える意図の宣言」)は数ヵ月間ポーランドに滞在して働くウクライナ人やベラルーシ人に対して相当な数が発行されている。短期の対内移住者が非常に多く,当局が十分把握していない者も相当いるようである。

 ポーランドでは長い間,対外移住が対内移住を上回っていた。対内移住はとくに2014年のウクライナ危機以後活発である。その時以来,ポーランドは対内移住が対外移住を上回る国である。近年,ウクライナからの移住者の規模がかなり大きくなり,彼らはポーランド経済の発展に無視できないほど寄与している。2013-2018年に,ウクライナからの移住者たちはポーランドの経済成長を平均して年率0.5%押し上げた,という研究もある。

 労働問題の専門家ヨアンナ・ティロヴィチによると,ポーランドでは労働供給は毎年10万人ないし15万人減少し,2050年までに約600万人の働き手が減少する。この問題の背後には,ポーランドの人口の不可避的な減少傾向がある。たとえ合計特殊出生率が突然約1.4から2.1に上がったとしても,20年前の低い出生率がひびいて,今後数十年に総人口は3200万人になる。当面の解決策は,対内移住を増やすことである。現在はウクライナからの移住者の大量流入に労働力不足という問題は緩和されているが,年に10万にないし20万人のオーダーでの流入は持続可能ではないとして,彼女は「十分使われてない労働力」に目を向けている。

 文化の持続と世代間の継承,および年金財政の維持の問題を考慮すると,人口減少は深刻な問題である。人口はすぐには増加に転じない(むしろ人口減少は続くだろう)ので,就業率を高めるための政策措置が必要であろう。それに加えて,外国で新たな技術を身につけ,経験を積んだポーランド人の帰国移住の促進が必要であろう。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2362.html)

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