世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
資本主義のタイポロジー
(岐阜聖徳学園大学 教授)
2021.11.29
この国では新しい政権に岸田総理が選ばれた。新総理は「新しい資本主義」をスローガンに掲げて政権運営にとりかかっている。マスメディアの論調によれば,これまで支配的であった新自由主義が格差的現象を招来しているという認識の上に立ち,それを是正するためにも新しいスローガンを提示する必要があったためとの憶測がある。そこで本コラムでは,資本主義の本質についてこれまで学問上どのようにあつかわれてきたのかをめぐって,傑出した学者による資本主義の類型化を中心に論じることで,今日の資本主義の性格を浮き彫りにしてみたい。
まず社会事象を類型化して論じたことで知られる学者に,マックス・ヴェーバーがいる。ヴェーバーは資本主義を,賤民(パーリア)資本主義と近代資本主義とに大別して考察した。どのように区別したかというと,エートス(心的態度)が異なるというのだ。つまり前者のエートスは「なにがなんでも金儲け」というのに対して後者は,プロテスタンティズムの倫理に裏付けられたものである。よく知られているのはカルヴィニズムの予定説だ。所与の環境下で勤勉に経営や労働に邁進するなら,神によって救済されるというものである。その結果が利潤や報酬となって現れる。世界史上初めて産業革命を成し遂げたイギリス,そしてアメリカやドイツなど,19世紀から20世紀初期にかけて近代化に成功したように見えた国ぐにおける主たる担い手(中産的社会階層)がそうである,とヴェーバーは措定した。そのようなヴェーバー的路線は,モノづくりを中心とする産業資本主義につながってくる。それとは対照的に前者のタイプの資本主義は,掠奪資本主義,政治寄生的資本主義,植民資本主義,国家政商的資本主義,国家独占資本主義,高利貸し資本主義,および冒険商人的資本主義とも言い換えられた。いわゆる金融資本主義もこれにカテゴライズされるだろう。もとよりこれらパーリア資本主義のイメージはよくない。
次に紹介しておきたいのは,アイルランド系社会学者であるベネディクト・アンダーソンによる論調である。それは15世紀にグーテンベルグによって発明された活版印刷の普及を契機に,印刷資本主義がひろがった事情についてだ。アンダーソンによれば,その結果,ルター派の新教(プロテスタンティズム)の教え(聖書)がふつうの紙に印刷されて,しかも俗語(ドイツ語や英語,フランス語など)で一般大衆も読むことができたので大いに普及した。それとは対照的に,旧教(カトリック)は伝統的な羊皮紙にラテン語で書かれたものを読むことを常としたので,読者層が限定的だったため布教がさほど進まなかった。こうした事情は,印刷資本主義の副次効果のひとつである。
さらに時代は進み,現在にいたる。そこで現在はいかなる資本主義かというと,情報資本主義もしくはデジタル資本主義と呼ばれる種類のものだ。すなわちこれまでは紙に印刷したものを使用するのが通常だったのが,電子媒体を使用するのが普通になりつつあるということなのだ。挙句の果ては監視資本主義と呼ばれるまでになっている。この「新しい」資本主義はショシャナ・ズボフによって提示されている。それは情報資本主義がもたらす特色の一側面という認識である。つまり今世紀に入ってから新規に登場した資本主義であり,ズボフはその重要な背景に,1990年代から2000年代初期にかけて猛威を振るった新自由主義があると措定している。件の時期は,自由化と民営化が称揚され,国家介入や規制は徹底的に否定された。そこに規制を受けないかたちでデジタル化がどんどん広がってゆく。その結果独特の営利事業として,GAFA(グーグル,アップル,フェイスブック,アマゾン)が飛躍的に成長した。そしてこれらの企業の年間売上総額は,多くの国のGDPを上回るまでになっている。ところがこれらの事業の副産物として,検索エンジン,ストリートビュー,「いいね」クリック,フェイスブックなどがICT機器を通して各個人の中へ入り込み,ズボフのいう個人の「行動余剰」が把握され,ビッグデータ化されるまで無断で蓄積されるにいたったというのだ。
こうした事情はかつて,ジョージ・オーウェルのSF小説『1984年』(1949年刊行)において批判されたことがある。ドローンなどによる監視は「あからさま」だが,パソコンやスマホによる営利企業からの監視は「見えざる」ものなのである。
かくして新政権が掲げる「新しい資本主義」のイメージとはまったく違うかたちで,現実の資本主義はその形態を変容させつつ進行しているといえよう。
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