世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2323
世界経済評論IMPACT No.2323

清酒で世界への懸け橋となる海外日本人起業家達

佐脇英志

(都留文科大学 教授)

2021.11.01

 清酒は,「百薬の長」と言われるだけでなく,日本の文化・伝統を代表するものであり,地方の地域社会・経済とも密接にかかわってきたのは言うまでもない。然るに,昨今の少子高齢化にともなう人口減少のみならず,若年層の「アルコール離れ」,中高年層の健康志向に伴う飲酒嗜好の変化などの市場環境の変化に晒されている。清酒の出荷量は1973年度のピーク時177万Kℓから2019年には3割以下の46万Kℓまで減少した。清酒製造業者数は,1970年には3500社あったが,2017年には,1371社と4割以下になっている。その99%が300人以下の中小企業であるが,彼らは市場環境の変化に耐えられず廃業してしまっているのが実態だ。清酒の担い手である杜氏・蔵人には特に明確な雇用契約が無いこともあり,激減しているという。まさに日本の伝統文化の危機と言えよう。

 一方,清酒の輸出金額は,2010年以降,11年連続で過去最高を記録している。清酒の世界展開が,この日本の伝統産業である清酒産業の救世主になって欲しいものである。このような動きを海外から支える日本人起業家がいる。彼ら3人の活躍をレポートする。

 インドEIJ Consulting社の柴田洋佐氏は,在印日本人向けフリーペーパー,インド人エンジニアの日本企業向け人材紹介,インド人向け訪日旅行事業を営んでいた。コロナ禍に直面し,インドの在留邦人が9割帰国し,顧客消失の多大な影響を受けた柴田氏は,コロナ禍で生まれたオンライン化に対して舵を切っていった。インド国内で初めてアルコールのオンライン販売が一部の地域で認められ,Amazonで販売された。このような,オンラインショッピング化をチャンスと捉えた柴田氏は,鳥取県の日本酒「千夜むすび酒造」のインド進出プロジェクトに取り組んでいる。さらに日本産の他の酒類にも事業展開を始めている。2021年3月には,デリーにある日本国大使館のお庭を使った「日本酒の夕べ」というイベントで試飲会を行った。ここでは,京都のお酒と鳥取のお酒を,全部で20銘柄くらい試飲いただいたとのこと。2021年度は空港のDuty Free Shopでの試飲イベントや富裕層コミュニティ向けイベントなどを開催し,一人でも多くのインド人の方に日本産酒類を味わってもらいたいとのこと。しかしながら,インドのアルコール市場は調査すれば調査するほど,複雑で,州毎にアルコールのルールが異なり,州毎にライセンスの取得が必要とのこと。このような市場の難解さゆえに,インドの日本産酒類の販売額は年間1200万円しかない。本状況下,国税庁の「日本産酒類海外展開支援事業」を2年連続で採択されている。全く未開拓の市場であり,インド12億人の市場を相手に積極的にアプローチをかけている。

 ポーランドの坂本氏は日本のミシュラン2つ星フレンチレストランとシンガポールの高級日本料理屋でソムリエを経験した後,ポーランドにて,起業。彦右衛門HIKO & MON(HIKO SAKE)というブランドで高級日本酒ビジネスを展開している。1年強,日本中を旅し,日本酒や焼酎,日本茶の仕入れ先を探した。2019年8月,綿密な市場調査の末選定したポーランドに移住した。ポーランドでセミナーや試飲会を繰り返し,ブランディングし,日本の幻の銘酒4品種,九平次(名古屋),作(三重),風の森(奈良),龍力(姫路)を筆頭に,色々な酒蔵と独占契約を結び,同時にポーランド国内に広めていった。徐々に,ポーランドでは,日本酒と言えば,坂本憲彦の彦右衛門(HIKO SAKE)が有名になっており,珍しい日本酒を扱っていると評判になっていた。しかし,現地に来てから多くの問題に直面した。ポーランドはアルコールのオンライン販売は違法だという事,更に,ポーランドの酒販免許は,年間費用制でかなり高額だという事だ。苦労したが,なんとか卸業のみの酒販免許を取得出来,日本に約5500本の日本酒,焼酎をオーダーし2020年2月中旬に商品がポーランドに届いた。その直後にコロナに直面し,ポーランドでは3月中旬からロックダウンとなった。レストランは政府から持ち帰りのメニュー以外の営業は禁止され,卸の酒販免許しか無い坂本氏のビジネスは最悪の状況になった。やむなくこの期間は,今後購買予定のレストランに行き,日本酒のセミナーを開催していた。やがて,ロックダウンは5月中旬に解除され,販売を再開した。10月3日にポーランド初のワルシャワ日本酒祭WARSAW CRAFT SAKE FESTを主催した。約100人の来場者があり,日本酒のセミナーも行った。

 英国ケンブリッジDojima Sake Brewery UK社の橋本清美CEOは,日系初のヨーロッパ酒蔵として,『1本15万円の日本酒』を英国歴史建造物で醸造販売を営んでいる。牧草地に囲まれた,重要建造物に指定される18世紀のマナーハウス(中世ヨーロッパの荘園領主が建設した邸宅)と,古いレンガに囲まれた庭園のある,敷地面積約75エーカーのフォーダムアビーを2015年3月に購入し,醸造を開始した。広大な敷地には,酒蔵,日本庭園,セラー,お茶室,神社(建設中)などがあり,独特の清酒のストーリーを醸し出す。世界の富裕層に選んでもらえるお酒として,2018年に「堂島」「懸橋」をローンチ(公開)した。

 日本酒の需要がじり貧になって,伝統的な酒蔵がどんどんつぶれている中,日本の酒蔵が出来なくて困っていることをやり遂げたいという気持ちからこの挑戦は始まった。ニューヨークやシカゴのディストリビューターを回って仲買人の話を聞いて,日本のお酒は富裕層のマーケットに入れていないという現実を知った。最高級のお酒を持ってきてほしいと言われても,持っていけるのは最高級で2〜3万円である。「求めているのはこれではない」と相手にされないそうである。さらに最高級のレストランには,日本酒は置かれていない。なぜなら,そういうレストランのワインの相場は安いものでも5万円程度で,値段から,置く価値が無いと信じられているとのことである。ワインの葡萄は最初から甘いが,日本酒の米は最初に糖化させてから発酵させるという世界でも難しい工程で作られた傑作である。今の十倍以上の価格で売られて然るべきであるとのこと。それゆえ,Dojima Sake Brewery社の「DOJIMA(堂島)」,「CAMBRIDGE(懸橋)」は,世界の最高級料理店Top1000軒から500軒にしか置かれてないお酒を目指すとのこと。世界における日本酒の価値観を変えるというのが,橋本氏の夢である。

 海外から清酒市場を支える3人の日本人起業家に共通しているのは,外地にあって日本の伝統文化を愛し,そのための一役を担いたいということである。彼らのような日本文化の伝道師たちの活躍が,世界の市場を動かし日本の伝統文化である清酒の復権を果たしてほしい。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2323.html)

関連記事

佐脇英志

国際ビジネス

日本

最新のコラム