世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
バナナは瀬戸内から
(信州大学先鋭研究所 特任教授)
2021.09.27
日経(WEB版)を見ていると金融・工業・マーケットの話題は豊富である。WSJもほぼ同じであることは読者の方々は先刻承知のことと思う。他方,食料については市況で取り上げられることが多い。最近の話題は,中国が穀類を爆買,富裕層の増加で食の西洋化が進み米国産牛肉,チーズ,ワインが大量に輸入,そのため国際的に高騰になって日本が買い負け等々,中国絡みが多い。また肥料原料,水源地,農地の買い占めに走っている。他方,1980年代から声高に叫ばれている農作物供給の不足は,農業技術の進歩改善等によって決定的な需給バランスの崩れが食い止められている。
食料の需給状況数値は専門家に任せるとして,本稿では筆者のような市井の人でも飢えないための食糧生産技術イノベーションに触れてみたい。
土と気候というのが農業の基本であった。寒冷乾燥気候では植物が生育せず,アフリカで生まれた人類も地球の温暖化と寒冷化によって種の滅亡と移動を繰り返してきた。穀物栽培の発展した新石器時代以降でも気候が大きく影響してきたことは歴史が示している。地球温暖化による気候変動の危機が叫ばれているが,現在より平均気温がかなり高かった時代は植生が豊かな時期であったことが分かっている。伊勢湾台風など暴風雨被害も数多あったが,我々は1993年の冷夏によるコメの不作による社会不安を思い出さなければならない(コメだけではなく野菜も不作であった)。冷夏は暴風雨以上に恐ろしい出来事なのである。紀元3世紀に顕著になった地球規模の寒冷化は,古代ローマ帝国の不安定化や中国の三国志時代など古代社会の大変革を招いた(詳しくは歴史学を参照)。温暖化により激甚災害の増加が危惧されることと裏腹に,砂漠地帯に雨が降るようになり緑化することは食糧生産の観点からは良いことだと思うがいかがだろうか。
食料増産は多くの国で重要事項である。20世紀はモンサント社(現在はバイエル社がM&A)のように遺伝子改変技術で乾燥寒冷気候に強い品種を生み出すことが農薬の開発とともに農業革命の基本であった。21世紀に入りITで栽培技術イノベーションが進んだ。国土の半分以上が砂漠で安全保障上から自給率の向上を求められるイスラエルや火星移住を前提として植物栽培の研究を進めている米国が世界をリードしている。特に前者は,自動制御でパイプから植物に水と肥料を滴下する点滴農法で砂漠でも野菜や果実を育てる技術を確立し,農産物と栽培技術の輸出国になっている。また土を使用しない水耕栽培技術も開発されLEDを使って光合成も制御できる時代になった。20世紀にはきのこ工場(室内)が発達したが今世紀は多くの作物で工場栽培が広がるだろう。点滴農法や水耕栽培は水と肥料を農地全体にバラ撒く必要がなくなり資源使用量を大幅に削減できる。また,工場や頑丈なハウスで水耕栽培が拡充していくと風水害や鳥獣昆虫の影響を避けることができるので単位面積あたりの生産量が間違いなく増加する。
農作物工場栽培の発達はそれぞれの作物の成長機序解明も大きく寄与している。読者の方々は,いちごの最盛期が初夏から冬に変わったことを不思議に思わないだろうか。いちごは根本の「クラウン」と呼ばれる部分を一定温度に保つことができれば氷点下にならない限り茎葉は育つ。この特徴を生かして品種改良だけではなく風味を良くするためにハウス内の細かい温度コントロールが行われている。トマトはもともと乾燥に強い作物なので乾燥地域でも点滴農法で栽培可能である。ただし,生育最低気温は5〜10℃なので昼夜の寒暖差の激しい地域ではハウス栽培を行わなければならない。中国ウイグル自治区で大量の加工用トマトが栽培され世界に供給されているのは,原発による電力が豊富であり乾燥地帯で晴れの日が多いためである。ウイグル族のジェノサイド問題があるのでトマトジュースやケチャップの原料調達に影響が出ることが気がかりである。
レタス,ナス,レモングラス,小麦など多様な作物の水耕栽培の研究を行っているのがアルメニアの国立研究所である。アルメニアはアララト山麓の盆地に位置する古くからの東西交流の要衝として文明の発達した地域で地政学的理由から自給自足を目指している。また旧ソビエト連邦の一員であったことから放射性物質が含まれている場合の農耕研究も行っている。福島原発事故後の多国間協力研究(筆者はAdvisory Board Member)で水耕栽培研究成果を下に,コメなどの農作物が施肥方法を改良することで放射性セシウムを根から吸収しない方法を提案,実証した。
単一品種栽培が極限化しウイルスによる病害で世界的大被害を受けつつあるバナナも我国では温室栽培に成功しているので店頭から消えることは無い。1本300〜1000円という価格には驚くばかりだが,かつては奄美諸島や指宿あたりで「モンキーバナナ」しか取れなかったものが,瀬戸内地域で低農薬高品質のバナナを生産できることはイノベーションと言えるだろう。マンゴーやパッションフルーツに続く熱帯地域の作物の国産化がこれからも続くだろう。
バナナを温室栽培で効率的に商業生産できるならば米の生産を工場方式で行うこともまんざら夢物語ではなくなる。工場のような場所で,水,肥料,電気を最小限にして自動化できるなら,季節に関係なく栽培可能になり単位面積あたりの収量を現在より格段に大きくできるだろう。現在,石油ボイラーに替わりホットカーペットのような高効率面状発熱体(ナノテク技術)による局所電気暖房に置き換える技術開発が進められている。この装置は太陽光発電・蓄電方式なので流行りのESGにも合致する。将来の火星移住も踏まえて,自動車,半導体,IT/AIだけではなく農業のデジタル化技術を今から気合を入れて開発する必要がある。海外調達・農協・後継者対策が食料の問題ではなく国産技術による食料安保を真剣に検討することが喫緊の課題である。
大手商社も先行投資として農業のデジタル化に手を染めるようになってきた。欧米でにわかに登場している植物由来のミート開発は1970年代のカニカマ技術の延長である。欧米の流行に惑わされることなく,今こそ,我国の技術力でデジタル農業を産業化して農産品の純輸出国に向かうことが必要である。
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