世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2207
世界経済評論IMPACT No.2207

コロナ後の米中対決:グローバル経済は終焉するのか?

安室憲一

(兵庫県立大学・大阪商業大学 名誉教授)

2021.06.28

 2000年頃まではオープンなグローバル経済だった。政治と経済の領域がはっきりと分かれ,政治は経済に介入しなかった。中国は社会主義体制だが,民間経済を自由に任せた。外国企業は開放された中国に殺到し,中国経済は大いに繁栄した。

 2010年を過ぎ,習近平が国家主席になる頃から様子が変わってきた。中国は社会主義を隠さなくなった。再び政治が経済に介入するようになった。民間企業の経営者や幹部職員に共産党員が多くなった。中国は「内側」から変わり始めた。だが統制色が強まることは,これまでの成長路線と矛盾した。それは中国が委託加工生産に基づく輸出で成長してきたからである。

 中国や韓国のような新興工業国と欧米・日のような成熟した先進国では,ものづくりの経験と基本コンセプトが異なる。先進国は,様々な製品―技術体系を試行錯誤しながら自主開発してきた。19−20世紀のものづくりの基本は「すり合わせ型」であった。国ごとの基本コンセプトに基づき,手作り的に製品やシステムを築いてきた。他国からモジュールを買ってきて組み立てれば完成,というような安直なものづくりが主流になるのは21世紀に入ってから,卓上コンピュータやスマートフォンなどの電子機器製品が登場してからである。

 新興工業国はモジュール組み立て式の生産方式に順応した。先進国から原材料,部品,モジュール,製造機械システム一式を輸入し,安くて豊富な労働力を活用し,安価に製品を組み立てた。つまり,標準化が可能で,難しい技術が不要な「組み立て加工」に特化し,高度技術が必要な特殊な材料,部品,モジュール類,製造設備を先進国企業に依存した。「組み立て加工」は利益率が低いが生産量が大きい。特殊な原材料,部品,モジュール,製造設備の生産は,利益率は高いが販売量が少なく,高度な製造技術・生産管理が必要だ。要するに手間がかかる。新興国がそれを回避するのはよく分かる。

 ここに先進国と新興工業国の分業が発生する理由がある。先進国と新興国の間で技術レベルに合わせて生産拠点が分散するとともに,グローバルな物流システムが形成され,複雑な相互依存が形成される。最終製品の性能をワンランク高めるためには,「組み立て加工」会社は,原材料,部品,モジュール,製造設備の生産会社に研究開発をお願いして,予定の日までに完成してもらわなければならない。1社でも要求水準を満たせなければ計画は達成できない。製品のレベルが高くなるほど「すり合わせ」密度が高くなり,互換性は低くなる。それを証明したのが,日本のフッ化水素である。代替製品を使った韓国の液晶ディスプレイ会社は膨大な欠陥品を作ったとされる。

 中国や韓国の主要産業が「組み立て加工型」で構成されているとすれば,日本や欧米企業が作る特殊な原材料,部品,モジュール類,製造設備一式の供給が一部でも欠落すれば,製造・組み立てラインのすべてが停止する。多数の従業員の職が失われ,輸出が停止し,外貨収入も得られない。他方,先進国の企業(多国籍企業)は多品種少量生産を行っているので,生産の分散化や輸出先の多角化により損失の軽減が可能である。

 こう考えると,新興工業国,とりわけ「組み立て加工型」に特化している国は,グローバル生産システムの安定化が死活的に重要であることがわかる。政治が経済に介入し,技術や資本,輸出先である先進国に敵対するなど考えられない。加工に必要な特殊な部材,例えばフッ化水素の輸入が止められれば,半導体製造ラインは停止する。「すり合わせ型」の製造ラインでは代替品は使えない。韓国政府は対日関係悪化により自分の首を締めたことになる。その結果,グローバル経済から脱落し始めている。中国も同じ誤りを行ってしまった。

 2021年6月10日,中国は「反外国制裁法」を制定した。外国が中国の人権や香港問題で懲罰的措置に出たとき,それに対抗して外国に報復措置を取るための法律である。すでに米国は中国の防衛・監視技術企業59社をブラックリストに掲載した。米国政府高官は数ヶ月以内に新たな企業がリストに追加されるとする。中国がこの禁止措置に対抗して「反外国制裁法」を適用し,米国製品の輸入を制限ないし禁止したら,米国は中国が必要とする原材料・部品や製造装置の禁輸に踏み切るだろう。その場合,クアッドの一員である日本にも協力を要請するに違いない。中国が反発するのは目に見えている。重要な技術や製造工程は安全な本国に集中し,リスク国からは撤退する動きが強まるだろう。世界が大きく2つの勢力に分割し,それぞれのテリトリーで国際ビジネスを展開する時代が来るかもしれない。

 本稿を執筆中に,中国の国家安全副部長,中国諜報部門の実質ナンバー・ワンの董経緯が米国に亡命したというニュースが飛び込んできた。米国に留学している娘の董揚に会うために出国したという。彼が持ち出した情報には,武漢のコロナウィルスに関する秘密資料だけでなく,米国に潜入した中国人スパイの名簿,中国人が米国に持ち出した秘密資金,米国で学ぶ政府高官の子弟リストが含まれるという。米国政府は彼がもたらした情報をもとに中国政府を締め上げるだろう。中国が「反外国制裁法」に基づいて反撃すれば,米国は武漢コロナに対する損害賠償を中国政府に請求するだろう。これを中国が拒否すれば,米国は中国をグローバル経済システムから締め出すだろう。いずれにせよ,習近平体制の下では中国経済の繁栄は続かない。日本企業は中国から距離を置くべく戦略を練り直さなければならない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2207.html)

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