世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.2147
世界経済評論IMPACT No.2147

イギリスの外交官が見たドイツ

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2021.05.10

 最近,『ベルリンが支配する-ヨーロッパとドイツ的なやり方-』(Paul Lever, Berlin Rules: Europe and the German Way, 2017, London: I. B. Tauris)という面白い本を読んだので,そのエッセンスを紹介する。著者のポール・リーヴァーは1997年から2003年にかけて駐ドイツ大使を務めたイギリスの外交官である。彼はそれ以前に,NATOや欧州委員会などに勤務したことがある。

 EU(その前身のEECは1958年1月発足)が存在して約40年間,フランス経済とドイツ経済は規模において類似していた。1990年10月に東西ドイツはついに統一した。東ドイツを事実上吸収した西ドイツは2000万を超える市民と3分の1を超える領土を獲得した。それでも,統一後の20年間,フランスとドイツの地位の平等性という外観は保たれてきた。近年,ヨーロッパにおいてドイツの支配が強まった。外交の分野ではフランスはドイツと対等であるが,それ以外の分野ではもはや対等ではない。なぜそのような支配的な地位を占めるにようになったのか,そしてどんな目的をドイツは達成しようとしているのかを著者は詳しく論じている。

 徐々に支配的になったが,それが決定的に明らかになったのは2012年3月に調印された財政同盟条約(2013年1月発効)である。これにはイギリスとチェコを除く全加盟国が調印したが,その後イギリスがEUから離脱し,チェコがこの条約に参加したので,すべてのEU加盟国が参加したことになる。

 2015年のギリシャ危機に際して,ドイツは支援の条件として厳しい緊縮策を挙げた。ドイツのショイブレ蔵相は,考慮されるべき一つの選択としてギリシャのユーロからの一時離脱に言及さえした。直前の国民投票でギリシャ国民は緊縮策を拒否したにもかかわらず,同年7月,シリザ(急進左派連合)を率いるギリシャのチプラス首相はこの屈辱的な緊縮策を受け入れざるを得なかった。

 著者によると,欧州条約の下でのドイツの正式な地位はほかの加盟国と何ら変わらない。だが,行動する前に欧州委員会が求めるのはドイツの見解である。ドイツの支持がなければヨーロッパでの重要な変革を保証することは不可能だ。「指導するように定められたのはドイツではない。従うのを選んだのは他の国々であった」。だから,ドイツは「気乗り薄の覇権国」だという。

 著書はドイツの成功の要因を説明する。それは経済だという。規模が大きいだけではない。オルド自由主義の伝統を引き継ぎ,ドイツ人は競争を重視してきた。ジーメンス,ボッシュ,メルセデス・ベンツ,ティセン・クルップなどに代表される大きな製造業と中小企業の組み合わせに基づいてドイツ経済は発展した。さらに,ドイツの会社は労働者と上級管理者の訓練と技術的な向上に力を入れてきた。ドイツの独特な制度として「共同決定」がある。ドイツの会社では監査役会が大きな役割を果たしており,これには労働組合の代表がメンバーとして加わっている。経営者団体でさえこの制度を支持している。というのは,この制度は従業員たちの会社への帰属意識をもたらすからだという。著者はバイエルンにある自動車工場を訪問し,最新の生産ラインを見物したときのマネージャーの言葉を紹介している。すべての自動車工場は似たようなものであり,重要なのは労働者を生産ラインでより効率的に働くよう動機づける能力だという。

 ドイツは単一通貨ユーロの最大の受益者だという。ユーロを導入するEU加盟国はマーストリヒト基準を満たさなければならないが,これを比較的容易に満たすことができるのはドイツだけである。EU予算へ最大の拠出をするのはドイツである。しかし,ドイツ政府と国民はEUが「トランスファー(資金移転)同盟」になることを断固拒否する。著者は主旋律を吹く奏者は概してほかの奏者に調子を合わせるよう要求するという表現で,ヨーロッパにおける経済政策の決定がドイツによって支配される様子を説明する。ドイツの実践と価値観を反映するやり方で,関連する条約が起草され,欧州委員会は時が経つにつれて,徹底的にドイツの経済的思考で染まるようになったのだという。

 ドイツはEU域内の人の自由移動を非常に重視している。2004年に中東欧の国々が加盟するとき,既存の加盟国は労働力がどっと流入することを恐れ,一時的に流入を制限することを認め,ドイツも2011年までそうした。2011年以降ドイツはEU域内の人の自由移動を完全に支持してきた。人口減少と高齢化という深刻な人口統計的な問題に直面しており,それゆえ,中東欧やその他の国々から移民労働者はドイツ経済にとって必要不可欠という。

 最後の章で,著者は20年後にEUはどうなっているかを予想している。ユーロ創設時オプト・アウト(適用除外)が認められたデンマークはユーロを導入しているだろうと見る。EUは依然としてユーロ圏と非ユーロ圏に分かれたままだと予想する。ドイツの主要な関心はユーロの安定性であり,その他の問題は第二義的だという。EUの予算の規模はいまと同程度だろうと見る。

 その他,中東欧からの労働者の大量流入で悲鳴を上げるイギリスとブレグジットの問題,2015年夏の難民危機とEU加盟国,とりわけドイツのメルケル首相の対応,ポーランドを始めとする中東欧の新規EU加盟国とドイツの関係,EU軍の創設という将来の課題など,実に多くの興味深い論点が本書では取り上げられている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article2147.html)

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