世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1806
世界経済評論IMPACT No.1806

再び急拡大する米国のウイルス感染:早すぎた経済再開と多様なイベントが原因

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2020.07.13

 米国ではコロナ第2波が発生しているわけではない。1月から続く第1波のさなかに,コロナウイルス感染者が再び急増している。ニューヨーク・タイムズのデータベースで7日移動平均値をみると,1日当たりの感染者数は6月中旬に2.1万人台にまで低下したが,下旬からジワジワと増加し始め,7月に入ると6日から連日5万人の大台を超えて急上昇を続けている。移動平均値ではなく,1日当たりの新規感染者数は8日に5.9万人を超え6万人に迫っている。これはコロナウイルス感染が始まった1月以来の最高記録である。

36州で感染者数が急増

 州別にみると,7月8日時点で過去2週間に感染者が増加した州は36州,ほとんど増加していない州が12州と首都ワシントン,減少した州がバーモントとニューハンプシャーの2州であるから,感染拡大はほぼ全米に共通する現象となった。36州のうち,増加率が特に顕著な州は,アリゾナ,フロリダ,ルイジアナ,ネバダ,アラバマ,テキサス,ジョージア,サウス・カロライナなど,トランプ大統領の要請に応えて,早期に経済活動を再開した南部のサンベルト地帯の州に集中している。これらの州では,バー,ジム,映画館などを再封鎖したり,マスクの着用を義務付けたり,レストランの再開を延期する州なども出ている。またフロリダ州では,入院用の緊急ベッドの不足も懸念されているという。

 感染者が増えていない12州は,再開に慎重姿勢を貫き,外出禁止令の解除を5月末にまで遅らせたニューヨーク,ニュージャージー,マサチューセッツ,コネチカット,イリノイなどの各州で,これら各州の推定実行再生産数は1.05~0.79,首都ワシントンは0.88と低位に留まっている(Rt COVID-19 USAによる)。

 ホワイトハウスのコロナウイルス・タスクフォースのメンバーであるデボラ・バークス博士は,今回の感染急増で驚かされるのは,18~35歳の若い世代の感染拡大だと述べている。また同じタスクフォースで感染症の権威であるアンソニー・ファウチ博士は,(マスクは必要ないといった)誤った自己満足は危険だと改めて警告している。しかし,トランプ大統領もペンス副大統領も,感染拡大に何らの警告も発していない。なお,感染者数の急増は感染検査数が増えた結果だという説明もあるが,入院患者数などからみて,これは間違いだと指摘されている。

若い世代の感染拡大

 オクラホマ州のタルサで6月20日に開催したトランプ大統領の選挙演説集会には,定員1.9万人の会場に6,200しか集まらなかったが,聴衆のほとんどはマスクをしていなかった。タルサ郡保健局長は7月8日の記者会見で,タルサ郡で過去2日間に発症したコロナ感染者は約500人に達したが,これは大統領演説集会とその前日の6月19日,大統領訪問に合わせて行われた奴隷解放記念日(Juneteenth)集会と関係していると発表した。また,5月25日にミネソタ州ミネアポリスで起こった警官によるジョージ・フロイド窒息死事件を契機に,全米に拡大した人種差別反対運動には人種を超えた多くの若者が参加したが,こうした運動への参加が若者の感染拡大の要因になったともみられている。

 トランプ大統領は,7月3日にはサウスダコタ州のラシュモア山で米国独立記念日演説を行ったが,この時も参加者のほとんどがマスクをせず,ソーシャル・ディスタンスも守っていなかった。なお,トランプ大統領はこの演説でコロナ感染拡大にはまったく言及せず,極左ファシズムとの戦いを再選勝利と結び付ける演説を行った。この演説原稿を書いたのは,2017年1月の大統領就任演説(あの有名な「米国の虐殺(American carnage)は終わる」)を書いた,白人優越主義者といわれる若干34歳の大統領補佐官スティーブ・ミラーである。

学校再開を迫るトランプ大統領

 そして4日後の7日,トランプ大統領はホワイトハウスのネット会議で州知事に9月からの学校再開を強く要請し,要請に従わない場合は連邦補助金の削減をほのめかした。ベッツィ・デボス教育長官も学校再開が遅いと各州知事を叱責した。教育問題は州政府の専権領域であるのに,子供が家にいるため働きに出られない親の歓心を買って,学校再開を求めるのは州権への介入でもある。

 これに先立ち,トランプ大統領は,CDC(疾病予防管理センター)が学校再開のために用意したガイドラインは厳しすぎるとして,学校をより再開しやすいようにガイドラインの作り直しを命じた。学校関係者は,教室の換気の悪さの改善をどうするかだけでなく,12歳以下の子供はウイルスに感染しても発症率は低いが,教員などに感染させ,学校が感染拡大の震源となることを恐れている。なお,CDCにガイドラインの作り直しを命じたのは,各州の経済再開を急がせた時とまったく同じである。トランプ大統領は早すぎた経済再開が,6月中旬以降の感染拡大をもたらす大きな要因となったことをまったく意識していない。

クルーグマン教授の警告

 7月9日現在,米国のコロナ感染者は312万8,000人,死者は13万3,000人をそれぞれ超えた。ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授は6月30日,ニューヨーク・タイムズに寄稿し,次のように警告を発している(寄稿のタイトルは,The Pandemic Depression on Track)。

 労働省統計でみると,雇用が増え,失業率が下がったが,これは死んだ猫でも高い所から落とせば飛び上がるという「デッド・キャット・バウンス」と呼ばれる一時的な戻りにすぎない。コロナウイルスとの戦いと経済成長とは,決して二律背反的なものではない。ウイルスをコントロールしなければ,短期的なプラス効果は直ぐに消え失せ,感染拡大による死者は増え,経済はスタグネーションが続く。現在の状況はまさにこうした状況なのだが,政策当事者も事業家も誰も聞く耳を持っていない。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1806.html)

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