世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1751
世界経済評論IMPACT No.1751

タイがCPTTP加盟方針撤回も:新型コロナウイルスの影響

椎野幸平

(拓殖大学国際学部 准教授)

2020.05.18

 新型コロナウイルスの影響は企業のサプライチェーンの多元化・再構築,一部製品の国産化などの議論を喚起している。アジアではタイのCPTPP新規加盟方針の撤回など,通商政策への影響もみられはじめている。

サプライチェーンの多元化・再構築,食料品と医療品などの国産化?

 今回の新型コロナウイルスが企業活動へ与えた影響として,中国からの部品調達の困難化による生産活動への影響がある。タイやインドネシアの各商工会議所が日系企業を対象に行ったアンケート調査でも,今回のマイナス面の影響として,中国など海外からの部品調達困難化に直面した企業が多い。

 こうした中,サプライチェーン上の中国等への一極集中リスクを低減していく動きが高まることが考えられる。サプライチェーンそのものは,容易に変更ができるものではなく強靭性があり,また集中による規模の経済と分散によるコスト増とのバランスをどのようにとっていくのかが課題となるが,一極集中によるリスク・プレミアムの高まりは分散を促す力となる可能性がある。

 2010年代半ば以降,いわゆるチャイナ+1の動きが顕在化してきた中,今回の事案はその動きを加速させていく可能性があり,こうしたサプライチェーンの多元化の動きを見越して,タイではソムキッド副首相が中国からタイへの投資転換に向けてタイとして準備をしていくべきとの発言を行うなど,対内直接投資拡大の機会ととらえる動きもある(The Nation, April 28 2020)。

 一方,今回の危機では,一部のアジア諸国でマスク,消毒液,防護服,エチルアルコール,医薬品原薬などの医療品や食料品の輸出規制・制限を導入する国もみられている。シンガポールは食料の大半をマレーシアなど諸外国に依存しているが,今回の新型コロナウイルスではマレーシアからの食料品輸入途絶へのリスク認識を高めている状況にある。こうした中では,サプライチェーンの多元化とともに,いわゆる国内回帰を目指す動きも強まっていくことや,今後,国産化を促進するような政策が打たれることも考えられる。

通商政策への影響は

 新型コロナウイルスがもたらす景気減速が,各国の通商政策を内向きにする可能性も考えられる。前述の医療品・食料品安全保障への認識が高まり,自由化が同安全保障にマイナスとなるといった議論が高まるリスクである。

 実際に,タイでは,4月28日,CPTPPへの新規加盟を巡り,ジュリン副首相兼商業相はTPP11への新規加盟申請を取り下げる方針を示した。タイでは,アヌテイン副首相兼保健相が食料安全保障や医薬品へのアクセスが阻害されるとして,CPTPPへの新規加盟申請に反対しているとされる(The Bangkok Post, The Nation, April 28 2020)。また,CPTPPの政府調達などのルール分野がタイの国益を阻害することを危惧していることも要因として伝えられている。タイでは医療品・食料安全保障の論点のもと,自由貿易を推進する力が後退する一方,保護主義的な力が増していることが窺える。

 また,インド政府は,4月18日,外国直接投資政策を改訂し,インドと国境を接する国からの直接投資については,自動認可は適用せず,政府からの個別認可取得を義務付ける規制に修正した。これまでパキスタンとバングラデシュからの直接投資については同規制が適用されていたものの,中国からの投資も対象となる。この背景には,新型コロナウイルスがもたらす経済の混乱に乗じて,中国企業等がインドで買収攻勢をかけるリスクをとらえ,同規制を導入したととらえられている(CNA, April 25 2020, 磯崎〔2020〕)。インドは,2020年5月の第2期モデイ政権発足,アミット・シャー内相の入閣以降,政策が右傾化する傾向がみられており,今回の措置も右傾化の流れの中でとらえることもできる。

 アジアでは,2020年中に東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉の署名が目指されている。4月30日には首席交渉官会合共同声明が発出され,2020年中の署名方針の確認とインドとの交渉継続が確認されている。各国が新型コロナウイルス対策に追われる中,難しい舵取りとなることが見込まれるが,保護主義の勢いが高まる可能性のある中,RCEPの役割は一段と重要性を増している。

 さらに,米中間では,新型コロナウイルスの発生源をめぐり,つばぜりあいが始まっている。米国では,中国に対する報復措置を求める声が高まっており,新たに追加関税を課す議論も出ている。米中間では,2020年1月に第1段階の合意に達し,11月の米大統領選までは現状が維持されるとの見方が強かったが,今回のパンデミックを受け,米中摩擦が再燃するリスクも高まっている。

 新型コロナウイルスは,今後,幅広い面で影響を与えていくと考えられるが,長期的,構造的にどのような変化をもたらすのか,注目される。

[参考文献]
  • 磯崎静香,2020,“国境を接する国からの投資を事前認可制に,FDI政策改正”,2020年4月27日付けジェトロ・ビジネス短信。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1751.html)

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