世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1695
世界経済評論IMPACT No.1695

ポーランドのユーロ圏加盟について

小山洋司

(新潟大学 名誉教授)

2020.04.13

 中東欧8ヵ国が2004年5月1日にEUに加盟してからもうすぐ16年になる。2007年にルーマニアとブルガリアが,そして2013年にクロアチアが加盟してEU加盟国の数は28ヵ国に達したが,イギリスが離脱したので,現在27ヵ国である。中東欧の11の加盟国のうちユーロを導入した国は5ヵ国(スロヴェニア,スロヴァキア,エストニア,ラトヴィア,リトアニア)にすぎず,中欧の3ヵ国,ポーランド,チェコ,ハンガリーおよびバルカンの3ヵ国ルーマニア,ブルガリア,クロアチアはまだユーロを導入していない。バルカンの3ヵ国はマーストリヒト基準を満たさないので,ユーロ導入はだいぶ先のことであるが,ポーランドとチェコはこの基準をほぼ満たしているのに,政治的判断によりまだ導入していない。ポーランドではEU加盟の前後は,ユーロ導入を支持する人も多かったようであるが,その後,リーマン・ショック後のグローバル金融危機を経験してからはユーロ導入に反対の意見の方が多い。ポーランドは変動相場制をとっており,通貨ズウォーティが下落することにより輸出を維持することができたので,グローバル金融危機の影響は比較的軽微ですんだ。ユーロを導入していなくてよかったと言うポーランド人が多い。しかし,オプトアウト(適用除外)を認められているデンマークはともかく,中東欧の新規EU加盟国は条約により導入を義務づけられているので,できるだけ早くユーロ導入に向けて努力する必要がある。

 この問題を,ワルシャワにあるCASE(社会経済研究センター)が昨年5月に発表したレポート「われわれのヨーロッパ—EUに加盟したポーランドの15年間—」を手がかりにして考えてみよう。このレポートは序章と22章からなり,全部で260頁を超える。スタニスラフ・ゴムウカは第21章「ユーロ圏の外部にとどまることの含意」で次のように述べている。ユーロ圏の外部にとどまることは,グローバル金融市場の観点から見てマクロ経済的リスクを高め,実質金利の上昇をもたらす。もしユーロを導入すれば,ポーランドの名目金利は約2%低くなる。今後,改革をすることにより,EMU(経済通貨同盟)はより強くなり,危機に対してより回復力をもちそうだ。こうして,ユーロ圏の外部にとどまる経済的・政治的コストは高まるだろう。このように見るゴムウカは,ポーランドがとるべき戦略は短期的にはEMUの強化を支持し,中期的にはユーロの速やかな導入を促進するような金融・財政政策をとることだと主張する。

 パーヴェウ・ヴォイツィエホフスキー(以下,著者)は総括的な章である第22章「ヨーロッパのプロジェクトの将来—希望と不安—」で次のように述べている。イギリスがEUから離脱すると,EU予算に占めるユーロ圏非加盟の国々の寄与度は27%から13%へと低下するので,ユーロ圏の外部にとどまる国々の相対的な重要性が低下する。ユーロ圏を統合のコアにしようとする動きが強まるだろうと見る著者は,もしポーランドがユーロ導入に反対するならば,ヨーロッパ・プロジェクトの傍流にとどまるリスクを冒すことになろうと言う。

 著者は,2013年3月に発表された「EUの将来に関するEU白書」で提示された「5つの発展シナリオ」を紹介している。5つのシナリオは次のようなものである。①現状を維持しながら,徐々に前進する(Carrying on),②単一市場だけに専念する(Nothing but the Single Market),③統合をさらに進めたい加盟国だけが推進する(Those who want more do more),④統合の政策領域を縮小し,より効率的に行う(Doing less more efficiently),⑤EUの統合を共にさらに推進する(Doing much more together)。

 著者によると,シナリオ①は誰をも満足させないが,初期値のオプションとしては最もありそうである。シナリオ②はもともとイギリスの主張であり,Brexit後は支持は少ない。シナリオ③は「二速」のヨーロッパにつながるので,ポーランドなど中東欧諸国はこれには警戒的である。シナリオ④は最も多くの支持を得るが,EUが優先すべき分野を決めるときに困難が生まれる。シナリオ⑤はフランス大統領マクロンが提唱するもので,ヨーロッパ合衆国の創設に進むものだが,近い将来ありそうもない。

 オランダ首相マルク・ルッテは権限の分割に言及し,「ヨーロッパは大きなことには大きく,小さなことに小さく」あるべきだと述べたという。著者も,釣合いと補完性の原則を尊重しながら,権限のもっとはっきりした分割はEUの制度的な効率性を高めるはずだと述べ,シナリオ⑤に従って協力の深化に向けて一緒に将来を構築するか,またはシナリオ③(つまり,「二速」のヨーロッパ)に従って若干の国々を後ろに残し,あとでそれらが準備できたときに加わるのを許すことができようと言う。

 ポーランドの右派にとっては,国民国家の権限を強化するという条件付きで,シナリオ④が魅力的である。他方,ポーランドのリベラルや左翼政党はシナリオ⑤に従ってより深い統合の若干の要素を伴いながらも,シナリオ④を支持するだろうという。ヨーロッパ・プロジェクトの傍流にとどまることのリスクを恐れ,不確実性の時代にグローバルな課題に直面してEUは外部世界に対して声を一つにして発言すべきだと考える著者は,シナリオ⑤を支持し,ユーロに関してはゴムウカと同様,中期的にはユーロ導入に向けて努力すること支持しているようである。

 しかし,最終的には,ポーランドのユーロ導入は国内世論およびそれに基づく政治的な決断にかかっているだろう。そして,もう一つ,EU全体の結束が重要であろう。新型コロナ・ウィルスの蔓延という未曽有の危機に際して,EUが北と南の対立を露呈している現状を見ると,ユーロ圏の拡大はだいぶ先の話のように思われる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1695.html)

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