世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1636
世界経済評論IMPACT No.1636

ベトナムの統計とフォーマル・インフォーマル経済

高橋 塁

(東海大学政治経済学部 准教授)

2020.02.24

2010−17年のGDP再集計

 2019年12月に統計総局(GSO: General Statistics Office)から発表されたベトナムの対前年比経済成長率は7.02%となり,2年連続で7%を超えた。好調な経済成長を背景に,グェン・スアン・フック首相は,2045年までに高所得国入りを目指す方針をあげ,強気の姿勢を見せている(注1)。他方,経済成長をとらえる国民経済計算については,2010−17年のGDPが再集計されることとなり,従来の集計結果を年平均で25.4%も上回ることが公表された。この発表については日本でも報道されたため,ご存知の方も多いと思う(注2)。

 発展途上国の場合,基準変更や精度の向上により,統計指標が過去に遡って修正されることはよくあるが,GDPの修正は影響も大きく,これほど大幅な値の変更は異例ともいえる。

フォーマルセクターの経済活動把握とその問題

 統計総局が公表するGDP再集計の理由をみると(注3),経済センサスに基づく企業情報の欠落分の補填,従来の統計に含まれない人民軍や公安が経営する企業の活動を加算,といった企業に関連するものが目立つ。この背景には,市場経済化と近年の国際化に伴う構造変化の中で,統計が企業の実態を把えきれていない問題がある。例えばドイモイ以降,改革が進まず常に問題視されてきたのが国有企業改革であった。しかし2000年代に国有企業の株式化が進み,90年代に設立が許可された民間企業に加え,国家資本比率が株式の半分を下回る国有企業も民間企業とみなされるようになった。ゆえに多種多様な企業が混在するなかで,その実態把握は急務となっている。

 統計総局は,今回のGDP再集計は経済の実績を高く見せるためではないとするが(注4),高成長の維持が重視される中で,フォーマルセクターの中核である企業の経済活動把捉に踏み込んだ部分は少なからずあると考えられる。

インフォーマル経済と統計

 なぜならば,ここにきて国の経済規模を再評価し,更なる上方修正につながりそうな動きが他に散見されるためである。その一例としてベトナムは,フォーマルセクターのみならず,これまでは実態が不明だったインフォーマル経済の規模把捉にも力を注ぎ統計に反映させようとしている。統計総局は,「未観察経済(kinh tế chưa được quan sát)」を2020年より統計に含める計画である。ここでの「未観察経済」とは5つの要素からなるとされる。第1に所得税やVATなどの税金,保険料支払いを回避するために意図的に隠された経済活動,第2に違法な経済活動(麻薬売買,売春等),第3に零細事業所や行商などによる財・サービスの生産活動,そして第4と第5に,家計の自家消費・家事労働,従来の調査ではカバーしきれない,もしくは調査不能だった部分をそれぞれ挙げている(注5)。このうち第3の要素については,経済学でいうインフォーマルセクターに近く,世帯等で営まれる小規模事業所(個人基礎: cơ sở cá thểと呼ばれる)のほか,行商(Bán hàng rong)など都市部の雑業層を指す。こうした雑業層の活動は,景観や通行を妨げる等の理由により,しばしば規制されてきた。しかし,経済学では雇用バッファの役割等,その重要性は早くから指摘されており,ベトナムでも2014年に労働力調査の補足調査,2016年には詳細調査がインフォーマルセクター従事者に対して行われ,その重要性は認識されつつある(注6)。第4の要素については,家族構成員による家事労働は通常GDPに含めないが,家政婦等による家事労働は経済活動としてGDPに含めることが関係している。近年,家政婦は求人難で超過需要状態にあり,重要な経済活動として認識されていることも背景にあろう。第5の要素は,上述の企業活動把捉問題につながることでもある。

 懸念材料もある。第1の要素について,統計総局は,近年急速に増加した高額所得者等による租税回避が念頭にあるようである(注7)。しかし,既述したインフォーマルセクターの実態把握強化も相俟って,当該セクターに属する低所得層への課税が厳格化される懸念も根強く存在する。

 また第2の要素である違法経済活動を含み,実態把握の難しさや本来GDPに含めるべきかという議論を含むインフォーマル経済をどのような手続き・方法で調査し,統計に反映させるかという問題もある。統計総局は,これについて長らく研究を続けているようだが,具体的なことは明らかにしておらず,今後議論を呼びそうである。いずれにしても,高成長の背景に,こうした統計事情があることを踏まえ,ベトナム経済の行く末を精査する必要があろう。

[注]
  • (1)Báo Đầu tư. 2019年12月30日付記事。
  • (2)VnEconomy. 2019年8月18日付記事。『日本経済新聞』2019年12月14日朝刊。
  • (3)“Thông cáo báo chí Đánh giá lại quy mô tổng sản phẩm trong nước.” http://www.gso.gov.vn/default_en.aspx?tabid=515&idmid=5&ItemID=19436(2020年2月18日閲覧).
  • (4)Báo Đầu tư. 2020年1月10日付記事。
  • (5)Báo Đầu tư. 2018年2月3日付記事。
  • (6)GSO and ILO (2018) 2016 Report on Informal Employment in Viet Nam. Hanoi: Hong Duc Publishing House.
  • (7)Báo Đầu tư. 2019年2月23日付記事。
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1636.html)

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