世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1558
世界経済評論IMPACT No.1558

GPS,デジタル通貨,コネクテッドカー:テクノロジーをめぐる米中攻防

小原篤次

(長崎県立大学 教授)

2019.12.02

 「右に曲がってください。目的地です」。

 11月2日,都内でキャシュレスについての講師を引き受けた。新宿駅から京王線に乗り,ドアが閉まった後,私鉄の路線違いに気が付いた。ミスを挽回してくれたのがGoogleMapの音声ナビだった。次の駅で降りて徒歩で,小田急線駅の近くにある会場に無事到着,全地球測位システム(GPS)や日本の安定した高速無線通信速度のおかげで,位置情報の精度の向上を実感した。

 東京モーターショーを見学すると,海外の自動車やモバイル通信の展示会を凌駕する入場前の行列や混雑に圧倒されながら,完成車メーカーを避け,部品メーカーや通信,電気・電子産業のブースで技術的な解説を受けた。とりわけ,NTTドコモが次世代通信規格(5G)を利用して東京ビッグサイトの会場から,横須賀市内の駐車場で自動車を遠隔運転できること実演していた。自動車の自動運転が実現したとき,通信や通信機器の重要性が高まるとらしい。

 なぜGPSや5Gを意識したかというと,各国の通商交渉担当者らと,米中貿易戦争について意見交換を続けていると,GPSと5G,さらに「一帯一路」を組み合わせると,ワシントンがなぜ華為技術(ファーウェイ)など通信分野から米中貿易摩擦を提起したかというパズルが解けると考えてきたからである。

 例えば,私がGoogleMapを利用したように,スマホを通じてGPSにつながる電子地図の位置情報は利用することで制度を高める。つまり,GPSシステムは利用する国と地域が拡大することで,さらに精度を高める。

 このことは,Google,Facebookなど米国のICT企業だけではなく,自動車産業,航空宇宙産業にもかかわってくる。インターネット,言い方を変えると,サイバー空間は,個人,大学,企業,政府,軍など共同利用し,「人間の一部」とも言える重要性を帯びているからである。他方,インターネットを中心に表現すれば,我々は地球規模のシステムの一部を支える端末に近い存在にも見えてくる。

中国が進めるサーバー空間の「一帯一路」

 確かに,米国企業はコンピュータ,インターネットなど情報分野で一貫してイノベーションをリードしてきたものの,中国企業は自国市場だけではなく,キャッチアップを続けながら高まった技術水準とその価格で,まずはアフリカなど途上国で市場を獲得し,そして次第に先進国でも販売や研究拠点を設けている。米国が中国のWTO加盟交渉では戦略的な分野と考えた金融サービスでも,中国ではAliPayのようなモバイル決済を普及させ,中国政府もすでに銀行同様の管理と監視をしていく方針である。中央銀行のデジタル通貨でも中国は世界的に先行してきたスウェーデンと世界一を争っている。

 米フェイスブックの創業者ザッカーバーグ氏は10月23日,デジタル通貨構想「リブラ」に関する下院公聴会で,人民元を基軸とするデジタル通貨構想を引き合いにだして「米国が技術革新しなければ我々の金融分野での指導力は保証されない」と言及した。

 日経によると,中国版GPS「北斗」は2018年末から一帯一路沿線国を中心に全世界運用を開始,ファーウェイはカンボジアやフィリピンに5Gの技術を提供,通信大手の中国電信集団は中国とパキスタン間に光通信網を整備し,中国移動通信集団はシンガポールに海外初のデータセンターを設けている。さらにアリババのグループ会社はマレーシアからパキスタンへの海外送金にブロックチェーンの技術を提供するという。

 このように,中国はインターネット空間を「一帯一路」に広げる「デジタルシルクロード」構想を推進している。中国政府が主催する世界インターネット大会の開幕式で,習主席のあいさつを中国共産党で世論工作を担う中央宣伝部の黄坤明部長は,「共同でネット空間のグローバル管理を進め,ネット空間の運命共同体の構築に向けて努力しよう」と開幕式で読み上げている。中国は,インターネット時代でも世論監視や統制を続ける技術と実績を持っている。Google検索は2010年,中国撤退,Facebook利用も規制されるなど独自のネット空間を形成している。

 日本の産業も米中を中心とするテクノロジーの攻防とは無縁ではない。電気自動車,水素燃料電池車,さらに自動運転普及にはインフラ整備が不可欠で,政府の役割が重要になる。トヨタ自動車の豊田章男社長は2010年,ザッカーバーグ氏に先駆けて米国議会の公聴会を経験した。自動運転では米国ICT企業とも提携を進めてきた。その豊田氏は近年,「自動車産業は100年に一度の大変革の時である」と機会あるごとに口にしている。

 2018年5月のトヨタの国内向け決算発表会で,記者,投資家のほか,主要株主の日本の金融機関首脳もそろって参加した。その一人,東京海上ホールディングスの永野毅社長は「トヨタの文化の何を守り,何を変えていくのか」と原点を問う質問に対し,豊田社長は「大変革を迎えており,過去の経験が全く役に立たない。世の中の変化に対し,準備ができているかと今も悩んでいる」と答えている。世界規模で起きているテクノロジーの攻防に,トヨタが対応できるのがという危機感を表明した。ネット配信で繰り返し聴いた私は,トヨタの脱日本企業宣言と解釈している。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1558.html)

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