世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1400
世界経済評論IMPACT No.1400

中国版ナスダック「科創板」を正式に開設

真家陽一

(名古屋外国語大学 教授)

2019.07.01

 中国版ナスダックともいわれる新興市場「科創板」(英語名;Science and technology innovation board)が6月13日,上海証券取引所に正式に開設された。科創板は習近平国家主席が2018年11月5日,第1回中国国際輸入博覧会開幕式で開設を宣言したものだ。それから,わずか200日余りという短期間で開設された背景には米中貿易摩擦が激化する中,中国のハイテク企業の資金調達を支援する狙いもあるとみられる。

 中国証券監督管理委員会の易会満主席は科創板の開設式において,「科学技術イノベーションの位置づけをしっかりと把握し,強い改革精神で基幹制度の革新を推進し,情報開示を核心とする証券発行登録制度を実行し,国家戦略に合致し,基幹・コア技術のブレークスルーを果たし,市場の認知度が高い科学技術イノベーション企業がより良く,よく強く,より大きく発展することを重点的に支援する」と表明した。

 中国は「第13次5カ年計画(2016〜2020年)」において,「発展を導く第一の原動力」として,「イノベーション」を掲げている。同計画においては,「イノベーションを国家の発展の全局における中核の位置に据え,理論,制度,科学技術,文化など各方面のイノベーションを絶えず推進し,イノベーションを党と国家のすべての活動に徹底させ,イノベーションが社会全体の風潮とさせる」との方針が打ち出されている。

 また,イノベーションにおける「企業の主体的な地位と主導的な役割を強化する」としており,大企業については,国際競争力を備えた一連のイノベーション型のリーダー企業を形成する一方,科学技術型の中小企業の健全な発展を支援し,イノベーション活力を発揮させるとしている。

 中小企業の発展については,スタートアップ企業に対する資金面での支援も強化していく意向も示している。科創板はその一環として開設されたものだが,そもそも中国がスタートアップ企業の支援を強化する嚆矢となったのが「大衆による起業・イノベーション」という政策だ。これは李克強総理が2014年9月,天津で開催された世界経済フォーラム・夏季ダボス会議においてを初めて提起した。民営企業を中心に,市場の活力を生かしつつ,草の根レベルでの起業やイノベーション活動を奨励している。

 政策の後押しも受けて,中国では起業ブームが生じており,1日平均の新規登記企業数は2013年の6,900社から2018年には1万8,400社と,5年で3倍近くに増加した。中国の支援政策は「ユニコーン企業(企業価値が10億ドル以上で未上場のスタートアップ企業)」の増加にも大きく寄与している。米調査会社「CB Insights」によれば,6月12日現在,ユニコーン企業は世界で361社あるが,国・地域別では首位の米国(178社)に次いで,中国が91社で第2位となっている(日本は残念ながら,AI(人工知能)関連企業の「プリファード・ネットワークス」1社のみ)。

 他方,こうした新興企業が大企業に成長し,中国経済の牽引役の役割を担っていく上では課題も少なくない。第1に,中国のユニコーン企業は必ずしも最先端のハイテク企業ばかりではない。米ボストン・コンサルティングの調査によれば,1997〜2015年の間にユニコーン企業に成長した中国企業のうち,技術開発を中心に展開する企業はわずか10%で,90%は新しいビジネスモデルの構築がメインであったという(米国企業はそれぞれ61%,39%)。その代表例が「ダイソーっぽくてユニクロ風味」などと揶揄される雑貨販売の「名創優品」,大塚家具と業務提携したことで知られる家具販売大手の「北京居然」,中国最大級の不動産仲介会社「鏈家」などだ。

 第2に,コンプライアンスに問題を抱える企業も散見されることだ。新興EV(電気自動車)メーカーで中国版テスラとも称される「小鵬汽車」では,米国企業から転職した中国人社員が技術窃盗を理由に提訴される事件も起こっている。

 第3に,株式上場によりユニコーン企業を卒業した後,業績不振に陥る企業も目立つことだ。2018年度の決算状況をみると,3月にナスダック上場を果たした動画配信サービスの「愛奇芸」および「ビリビリ」は90億6,123万元,5億6,502万元,9月に香港市場に上場したネット出前サービスの「美団点評」は1,155億元の赤字となり,赤字幅はそれぞれ前年比2.4倍,3.1倍,6.1倍に拡大した。「イグジット(投資資金の回収)」を優先するあまり上場後の成長戦略が描き切れていないことがうかがわれる。

 大衆による起業・イノベーションの開始から5年近くが経過し,中国人の旺盛な「アントレプレナーシップ(起業家精神)」も加わって,中国ではスタートアップ企業が急増しており,ユニコーン企業に成長し,さらには株式上場を果たす企業も増加している。科創板の開設により,そうした動きがいっそう加速されることも予想される。他方,今後の発展に向けては,「ゴーイングコンサーン(企業の継続性)」という課題を克服していくことが求められている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1400.html)

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