世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1304

濫用される米国通商拡大法232条

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2019.03.11

商務省,自動車調査の結果発表を拒否

 トランプ大統領の保護貿易政策はすべて追加関税の賦課によって実行されていると言っても過言ではない。自らを「タリフ・マン」と語るとおりである。援用している通商法は,1974年通商法201条(セーフガード),301条(一方的措置),1962年通商拡大法232条(国防条項),さらに反ダンピング法や相殺関税法による措置も同様である。このうち最大の問題は,昨年鉄鋼とアルミに発動し,さらに近々自動車と自動車部品(以下,一括して自動車と略)に発動される232条措置である。

 232条は,調査開始後270日以内に大統領に報告書を提出することを商務長官に義務付けている。この規定に従い,商務長官は270日目である2月17日(日曜日)の夜,大統領に報告書を提出したと発表した。しかし,その後,商務省は報告書の発表を頑なに拒んでいる。通商問題を主管する上院財政委員会のグラスリー委員長(共和党)やワイデン同筆頭委員(民主党)が要求しても,業界が求めても公表しない。ついに,The Cause for Action Instituteという非営利機関は情報公開法によって公開を求める事態にもなっている。

 調査の結果,自動車輸入は米国の国家安全保障の脅威ではないと判断すれば,232条の規定により,商務長官は大統領に報告書を提出しない。従って,大統領に報告書が渡されたということは,輸入の脅威を認め,脅威に対する対応策が報告書に盛り込まれていることを示している。報告書を発表しないのは米中協議に集中するためというのは政権側の言い訳で,本心は手の内を明かさず,日本やEUとの交渉を有利に進めようという魂胆かもしれない。すでに業界筋では,商務省の報告には輸入規制策として,①自動車に一律20〜25%の追加関税賦課,②自律走行の電動自動車(ACES)にのみ課税,③これら2案を組み合わせた施策,という3案が盛り込まれているとみている(2月15日付Inside U.S. Trade)。

輸入規制は6月2日までに実施へ

 報告書が大統領に提出された後の日程は,232条で次のように決められている(日数計算は暦日ベース)。①報告書の提出(2月17日)後90日以内に(つまり5月18日までに),大統領は報告書とその勧告に同意するか否か,および同意する場合は実施すべき措置を決定する。②決定した日から15日以内に(つまり6月2日までに)決定した措置を実施する。③同じく決定した日から30日以内に(つまり,6月17日までに),大統領は議会に文書で報告する。④大統領は官報に決定した措置を掲載する。

 要するに,232条による輸入規制の方法,実施期間などすべては,大統領の判断に委ねられ,議会の介入は一切認めない。一旦大統領が決定すれば,それが最終的なものになる。このため,大統領が決定する232条による輸入制限措置は,5月18日から6月2日までの間に明らかになるというわけである。これに対して,232条の発動に猛反対する自動車ディーラー各社は4月9〜10日ワシントンに集結し,一大反対運動を展開する計画を立てている。トランプ大統領が232条を発動すれば,自動車産業だけでなく,国民生活に甚大な影響を及ぼすと予想されるだけに,国内および国外からの反発と混乱は,前回の鉄鋼やアルミの比ではない。米国の通商史上に大きな汚点を残すことになる。

問題山積の232条発動

 筆者は漸く昨年の暮れ,議会調査局(CRS)が昨年11月末に公表した232条の運用状況に関する包括的な報告書をネット上で見付けた。この報告書(Section 232 Investigations: Overview and Issues for Congress, Updated November 21, 2018)によれば,1962年10月11日,ケネディ大統領が署名して232条を制定してから現在までに合計29件の232条調査が実施されている。

 29件のうち,当該製品の輸入が米国の国家安全保障に脅威となっている(クロ)と判定されたのが11件,脅威ではない(シロ)と判定されたのが18件である。クロ判定のうち輸入制限措置が発動されたのは,トランプ大統領以前は3件(1973年の石油輸入規制,1979年のイラン原油禁輸,1982年のリビア原油禁輸)に過ぎない。しかし,トランプ大統領はすでに2件(2018年の鉄鋼とアルミ)も発動した。しかも,トランプ大統領は在任2年で232条調査の件数が4件というのも,異常に多い(鉄鋼,アルミ,自動車のほかにウラン鉱石・同製品についても現在調査中)。歴代大統領は8件のクロ判定に対して輸入制限を実施しなかったが,トランプ大統領はクロ判定には例外なく輸入制限を実施している。

 トランプ大統領による232条発動が大問題である理由は多岐にわたる。まず,国家安全保障の目的が曖昧で,明らかに特定産業を保護するために232条を輸入制限手段としている。国家安全保障上の例外を規定したGATT21条を濫用している。同1条の最恵国待遇,同2条の関税譲許に違反しているとみられる。さらに追加関税免除国に免除の見返りに数量制限を課して同11条の数量制限禁止規定に明確に違反している。さらに,中国,インド,カナダ,メキシコ,EUなど9ヵ国・地域が報復措を実施し,WTO紛争解決ルールに深刻な亀裂を生んでいる。

議会は大統領権限の抑制へ

 一方,通商を規定する権限を持つ議会もトランプ大統領の232条発動に危機感を抱き始め,大統領権限を制約するための改正案を議会に提出している。有力法案の一つは今年1月31日に両院に提出された「2019年両院通商権限法」(上院法案番号S287,下院法案番号HR940)である。この法案は憲法第1条8節3項に定められた議会の通商規定権限を議会に奪還することを目的に,次のような内容を盛り込んでいる。

 ①大統領が決定する輸入制限措置について議会は60日間の審議期間を設け,議会が承認しなければ大統領は輸入制限措置を発動できない。②国家安全保障の対象を兵器,エネルギー資源,重要インフラストラクチャーに限定する。③232条調査の対象となる輸入品が米国の国家安全保障に対する脅威の「実質的な原因」となっていることを実証する。④国家安全保障の決定権限を商務省から国防省に移管する。⑤本法施行後75日以内に議会が承認すれば,鉄鋼,アルミに対する追加関税賦課を含め,過去4年間に実施された232条措置を遡及して撤廃する。

 もう一つの法案は2月4日両院に提出された「2019年通商安全保障法」である(S365,HR1008)。この法案は,上記の法案ほど明確ではなく,遡及条項も含んでいないが,議会の権限を強化する点では上記法案と類似している。

 上院法案S287はトゥーミー議員(共和党,ペンシルバニア州選出)が提案。この下院法案HR940の提案者はギャラハー議員(共和党,ウィスコンシン州8区選出)。もう一つの上院法案S365は元通商代表のポートマン議員(共和党,オハイオ州選出)が提案。この下院法案HR1008はカインド議員(民主党,ウィスコンシン州3区選出)の提案。両法案とも,超党派の支持えて共同提案者を増やしている。なお,上院で両法案を所管するグラスリー上院財政委員長は,自動車に対する232条発動に反対し,これら法案に前向きである。今後,両法案の一本化を含め,議会審議が本格化していくものとみられる。

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