世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1268

フリーライダーの利益

小野田欣也

(杏林大学総合政策学部 教授)

2019.02.04

 トランプ政権は少なくとも2つの国際秩序を脱退している。地球温暖化防止のパリ協定と,多角主義の自由貿易だ。アメリカ・ファーストは一見,トランプの代名詞のようだがある意味アメリカの伝統でもある。古くはケネディ政権が,繊維の国際貿易においてSTA(綿製品における短期取極)とLTA(綿製品における長期取極)という二つの管理貿易体制を作り出したが,そもそもは大統領選対策というきわめて国内事情からである。まさにアメリカ・ファーストだ。繊維の国際管理貿易はニクソン政権のMFA(綿製品に加え,羊毛製品,化学繊維,合成繊維製品を含む国際多繊維協定)で完成を見る。それ以降の政権も,たとえば鉄鋼貿易におけるトリガー・プライス制度(当時世界で最も生産性の高かった日本の鉄鋼生産費に輸入費用を加えた価格をトリガー(引き金)としてダンピング調査の開始基準とした)や鉄鋼輸出シェア制限(アメリカの鉄鋼輸入枠を一定に定めて,それを鉄鋼輸出国に割り振る)など,さらには相互主義を唱え,マルチ・バイ・ユニの交渉戦術を使いながら,アメリカ・ファーストを実現してきた。

 もちろんどこの国でも国益優先の貿易交渉が行われるが,アメリカの場合,常に主体的に制度を構築するという意味で強力である。ところで貿易交渉における国益について,筆者はいつも疑問に感ずる点がある。リカード以来の貿易利益の議論において,そもそも国益とは消費者利益であるべきものだが,生産者利益が異常にクローズアップされる点は政治的影響力のためとはいえ過剰である。消費者利益の議論がもっとされるべきと思うが,いかがなものか。

 さて地球温暖化防止や自由貿易体制は国際公共財であり,市場では最適に供給されない。過少供給を防ぐためには市場経済とは別の制度,たとえば一国ならば政府,世界ならば国際合意などが考えられる。公共財にはフリーライダーの存在がつきものだ。トランプ政権はパリ協定から離脱し,相互主義的な二国間協定を進めるが,公共財の性格である共同消費と排除不可能性に守られて,地球温暖化の緩和や他国の自由貿易による米国輸出拡大など,一見フリーライダーの利益を満喫するかに見える。しかし国際経済における経済主体は企業と消費者であり,特に現代の企業は国際ネットワークの中で活動せざるを得ない。地球温暖化防止は協力しない,自由貿易体制は企業利益を優先して逸脱する,というのでは国際ネットワークからはじき出されてしまう。国家が選んだフリーライダーへの道を企業が実現するためには,異常に強力な国家支援・国家貿易が必要であり,それは予算的に可能なのであろうか。

 事実アメリカではトランプ政権がパリ協定からの離脱を宣言しても,国際的に活躍する民間企業の多くは地球温暖化防止への積極的な対応を行っている。同様に貿易における相互主義を主張しても,貿易赤字はたとえばアブソープション・アプローチから見るように国内需給に原因があるのだから,解決策にはほど遠い。パリ協定やWTO体制がデ・ジュール・スタンダードとして成立したものであっても,それは時間が経ればデ・ファクト・スタンダードに変化している。事実上の国際基準に昇華した以上,経済主体がフリーライダーを演じることは世界経済体制から排除されてしまう。こうして現代ではトランプ政権の目指すフリーライダーの利益は,ますます困難になっている。

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