世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1220
世界経済評論IMPACT No.1220

トランピズムは2019年も続く:中間選挙結果を検討して

滝井光夫

(桜美林大学 名誉教授)

2018.12.10

 米国の中間選挙は単なる連邦議会議員の選挙ではなく,大統領に対する信任投票(レファレンダム)でもある。特に今年の中間選挙(11月6日)は,米国史上特異なトランプ大統領の思想と政策(トランピズム)に対する評価が問われた選挙であった。

 中間選挙の結果を勝ち負けで判断するだけでは,選挙結果の意味合いを十分に読み取ることはできない。勝敗とともに重要なことは,トランプ政権を米国の有権者がどう判断したかである。中間選挙結果から指摘できる重要なことは,第1に投票数が前回の中間選挙よりも飛躍的に増えたことである。これは,トランピズムに対して意見を表明しなければならないと考えた有権者が多かったことを意味する。第2に,この2年間の間に,トランピズムに対する肯定的な見方がかなり変わり,批判が強まっていることである。CNNの出口調査によると,トランプ大統領に反対して投票した者は39%,支持して投票した者は26%,トランプ大統領は投票の要因ではないと答えた者は33%であった。筆者は,米国民の政治観が少しずつ元に戻りつつあると思いたいが,どうであろうか。

 しかし,選挙結果を受けて,今後トランプ大統領が政策の方向を大きく変えることはないと思われる。過去2年間を振り返ってみれば,トランプ大統領がそれほどナイーブな大統領ではないことは容易にわかる。米国第一主義,反グローバリズム,排外主義,さらにトランプ大統領自身のナルシシズムと自己中心主義はこれからも変わらない。新議会では,下院民主党との対立激化は上院にも及び,トランプ大統領は政策に柔軟性を持たせるのではなく,ますますトランピズムを強めていく。景気が徐々に下降線を辿るなかで,米国はますます国際的に孤立し,世界は混迷の度を強めていくのではないかと,筆者は危惧している。

 以下,中間選挙の結果とその含意を見てみよう。

 中間選挙が終わって3週間後,ようやく上院の議席が確定した。来年の年初に開会される第116議会の上院の議席数は,共和党53,民主党47。共和党は2議席増えるが,野党のフリバスター(議事妨害)をやめさせられる60議席には至らなかった。民主党はネバダ,アリゾナの2州で勝利したが,ノースダコタ,ミズーリ,インディアナ,フロリダの4州で敗北した。なお,アリゾナ州での民主党勝利は1988年以来のことである。

 ミズーリ州では50%を超える得票者がいなかったため,11月27日に決選投票が行われた。この結果,クリントン政権のエスピー前農務長官が敗れ,同州初の黒人上院議員の誕生はならず,1980年代から続く共和党の常勝は危ういところで維持された。フロリダ州では選挙結果が僅差のため手作業による再集計の結果,0.12%の僅差で共和党のスコット知事が当選し,民主党現職のネルソン上院議員が敗れた。また,全米から注目された共和党の牙城,テキサス州では,民主党の無名の若手下院議員ベト・オルーク(45歳)が現職共和党のテッド・クルーズを激しく追い上げ,僅か2.6%の差で敗退した。敗れたものの,オルークは民主党の希望の星となった。

 一方,下院は最終議席がいまだに確定していない。カリフォルニア州21区,ノースカロライナ州9区,ニューヨーク州27区の3選挙区で,不在者投票の集計などに疑義が出ているためである。第116議会の下院議席は現時点では民主党234,共和党198だが,得票状況を勘案すると,最終的な議席数は民主党235,共和党200と見込まれ,民主党は40議席増となる。民主党は共和党が有利になるような選挙区割り(ゲリマンダー)を乗り越えて議席を増やした。共和党の敗因は,オバマケア撤廃に対する批判のほか,トランプ大統領が反移民,人種問題を強調しすぎる余り,穏健な浮動層が離反した結果だといわれる。

 1934年から2014年まで全21回の中間選挙で,大統領の党が減らした議席数は,平均して上院で1議席,下院で33議席である。この平均値と比べると,2018年の中間選挙では,上院は共和党が,下院は民主党がそれぞれ善戦した。しかし,大統領就任後の最初の中間選挙で,共和党の大統領が増やした上院の議席数は2議席(ニクソンと子ブッシュ)が最大であるから,トランプ大統領の2議席増は顕著な勝利とは言えない。一方,最大の下院議席減は26議席(レーガン)であるから,今回の40議席減はトランプ大統領の大敗北である(議席の増減数はThe American Presidency Project による)。

 今回の中間選挙の最大の特徴は投票数の急増である。2014年の8,300万人から1億1,400万人に約4割増となったが,これには期日前投票の急増が大きく寄与している。2014年の中間選挙と比べると,期日前投票者数はフロリダ州では310万人から520万人へ,ジョージア州では100万人超から200万人超へ,ニュージャージー州では12.4万人から35.5万人へ伸びた。

 増加の要因は人口増だけでは説明がつかない。投票方式の改革,非営利団体の活動なども寄与したが,刑期終了後の重罪人の投票権を回復する(フロリダ州など)といった身近な問題に関する州民投票や医療保険制度,環境政策などに関心が集まったことも大きく影響している。

 この結果,投票率も急上昇した。中間選挙の投票率は大統領選挙のそれよりも大幅に低いのが過去の傾向だが,今回の中間選挙の投票率は49.3%となり,半世紀前の48.7%(1966年)を抜き,過去最高の50.4%(1914年)に迫った。ちなみに,大統領選挙の投票率の戦後最高は63.8%(1960年)である。

 多くの女性議員の誕生も注目される。女性蔑視,反移民のトランプ大統領に対する批判は女性有権者などの投票を促し,女性立候補者も257人に達した。来年1月の下院開会時には90人以上の女性議員が登場するが,中でも注目されるのが最年少の29歳で当選し,民主社会主義を表明するオカシオ・コルテス(ニューヨーク州),初の2人のムスリム議員(ミシガン州とミネソタ州),初の2人のネイティブアメリカン議員(カンサス州とニューメキシコ州)などである(いずれも民主党)。また初の女性上院議員がアリゾナ州(民主党)とテネシー州(共和党)で登場し,初の女性知事はジョージア州では実現しなかったが,サウスダコタ州(共和党)とグアム(民主党)で誕生した。

 一方,カバノー最高裁判事の承認に対する賛否は,上院議員の当落には影響しなかった。ペンシルバニア,ウィスコンシン,ミシガン,オハイオ,モンタナの各州では承認に反対票を投じた民主党議員が当選した。中でも2016年選挙でトランプ候補が勝ったモンタナ州では,承認に反対したテスター民主党上院議員を追い落とすために,トランプ大統領は4回も同州に入ったが,同議員を落とすことはできなかった。またノースダコタ,ミズーリ,インディアナの各州では民主党上院議員が敗れたが,敗因は承認反対とは無関係といわれる。なお,民主党上院議員で唯一人,承認に賛成したウェストバージニア州のマンチン議員は再選された。共和党候補との得票差は3.2%となったことから,承認に賛成したことが再選の要因となったようにも思われる。

 2016年選挙でトランプ候補が勝った郊外地域で,民主党支持のブルーウエーブが巻き起こったことも,今回の中間選挙の大きな特徴である。その主因は高所得・高学歴層がトランピズムから離反したためだといわれる。その傾向は,全米の出口調査にも表れている。男性の民主党支持率は2016年の41%から2018年の47%に,同じく女性は54%から59%に上昇した。また白人男性労働者階層の民主党支持率は23%から32%に上昇し,共和党支持率は71%から66%に低下した。この変化は,景気の良さも減税の実施も,共和党の勝利には結びつかなかったことを示している。

 農村地域では共和党支持に大きな変動はみられないようである。農業州のアイオワ州では2人の共和党現職下院議員が落選したが,これはデモイン,ダベンポートといった中規模都市で高所得・高学歴層が民主党支持に回ったためで,政府の貿易政策との関係は小さいといわれる。一方,中国の米国産大豆に対する追加関税に苦しむノースダコタ州では,共和党支持者の93%がトランプ大統領の貿易政策を支持している。長期的な目標達成のためには短期的な痛みには耐えて,共和党を支持するという考え方は他の農業州にも強いと,ニューヨーク・タイムズは報じている。

 さて,2019年1月3日に開会される新議会では,下院のすべての委員会の委員長は多数党の民主党議員に変わる。民主党は納税問題,利益相反問題などのトランプ大統領の個人的政治問題やロシア疑惑に対する追及を一斉に開始する。そして,クライマックスはマラー特別検察官のロシア疑惑調査の発表である。トランプ大統領の後半2年間は,再選を目指すトランプ大統領にとっては正に正念場となる。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1220.html)

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