世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.1159
世界経済評論IMPACT No.1159

米中貿易戦争の出口はどこにあるのか

清川佑二

(日中産学官交流機構 理事長)

2018.09.17

 トランプ大統領は中国からの輸入2000億ドル相当分,次いで更に2670億ドル分について関税上乗せを示唆した。結局全輸入が対象になりそうで,中国は「必ず対抗措置を取る」と反発している。

1.米国の主張「不公正な取引慣行の廃絶要求」

 米国は遺憾なことに,日本も含めて相手構わずWTO違反の一方的措置を発動している。特に中国に対しては異質の厳しい措置を取っており,反発する中国と報復合戦が続いている。応酬の出口はどこに求められるだろうか。

 重要な鍵の一つは,トランプ氏の意図だろう。ホワイトハウスは,大統領が500億ドル相当の対中措置実施を命じる前日の3月22日に大統領メモを発表した。メモは,中国による米知財権侵害調査を命じた大統領指示に対してUSTRが技術移転の強制・対中投資の際の介入・企業買収による組織的な知財獲得・サイバー侵入の知財窃盗と支援が判明した旨を報告したこと,および大統領はこれに対して関税措置の検討,WTO紛争解決委員会への提訴と他の国々との協力,対米投資制限の検討を指示したことを明らかにした。

 その後ホワイトハウスは次々と声明を発表して「米国は,中国の不公正な取引慣行に対して措置を取った……中国は自国の不公正な行為を反省する替わりに,米国の農民と労働者に対して報復をした……」と,中国が改めないことを非難して措置の正当性を主張した。なお,これらの発表では,貿易不均衡是正に言及していない。

2.「世界は平等な市場を要求」三極貿易大臣会合声明

 米国ならびに日本とEUは,米国の対中措置実施以前から意見交換を行ってきた。昨年12月にライトハイザーUSTR代表と日本,EUの貿易大臣は「世界の平等な市場 global level playing field」を実現するための協力を話し合った結果,「第三国による不公正な市場歪曲的措置や保護主義的措置を排除するため,適切な場合には,WTOやその他のフォーラムにおける三極間の協力を拡大する」旨の三極貿易大臣共同声明を発表した。

 三極大臣は3月と5月にも更に意見交換を行い,「市場志向条件が,公正で相互に有利な世界貿易体制にとって根本的である」としてWTOの新たなルールについての議論を深め,主要な貿易相手国が将来の交渉に参加することへの期待を表明した。これは一般的な呼びかけで,特定の国に言及したものではない。

3.貿易戦争の出口はWTOルールの改定協力

 トランプ発言は熟慮の末ではないこともあるようだが,米中貿易戦争についての発言内容は三極大臣会合と同旨のようだ。このような背景を考慮すると,米中貿易戦争が向かう選択肢には次の2点が考えられる。

 一つは,三極が求めるWTOルール改定の呼掛けに,中国も協力する途である。米国を含む先進諸国一致のWTOルール見直しの呼びかけを無視したままでは,円滑な対外経済交流は難しい。中国も,積極的に改定に参加することにより自由貿易体制を維持するのが得策だ,と考えるかもしれない。国内政治上の困難が想像されるが,この途に進めば面目を保ちつつ対立の緩和と出口が見えて来そうだ。

 もう一つは,米中相互の関税措置が膠着したままで,その他の分野にエスカレートして行く途である。米国はさらに為替レート,国際金融,基本的人権,安全保障などの面で攻勢を続け,また他の先進諸国に協調を迫ることも懸念される。最悪の場合には,トランプ氏が頻繁に示唆しているWTO脱退すなわち「自由無差別貿易体制の終焉」さえもが現実味を帯びてくる。

4.ポスト・ポスト冷戦時代を回避しなければならない

 アメリカの世論は対中関与政策の失敗で望みを失って反中国感情が圧倒的に高まっているようで,仮にトランプ氏が大統領でなくなっても対中強硬政策は変化しそうもない。昨年末発表された米国家安全保障戦略は,「中国やロシアなど,技術,宣伝および強制力を用い,米国の国益や価値観と対極にある世界を形成しようとする修正主義勢力」を米国への重要な挑戦の筆頭に位置付けて,中国・ロシアとの対決姿勢を明確にし,この方向に動き始めたように見える。

 ソ連崩壊後約30年を経てポスト冷戦の時代が終わり,世界は「ポスト・ポスト冷戦時代」を迎えたと本質的変化を指摘する中国専門家もいる。過去の冷戦期のような事態ともなれば世界中が大打撃を受け,しかも世界の通商・ビジネスの仕組みも大変動が避けられなくなる。世界が米中2大ブロックに分裂する危機を回避するために,先進主要国も米中両国が踏み込んだ対話を始めるように努力することが期待されている。

(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article1159.html)

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