世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
ヨーロッパにおける中国の「一帯一路」展開の最新情報
(東北大学 名誉教授)
2018.09.10
「一帯一路」戦略の一環として中国は,ヨーロッパの旧共産圏16カ国を相手「16+1」プロジェクトを展開している。本年7月,その第7回首脳会議が開催され,そのしばらく後に,北京でEU中国首脳会議が開かれた。7月早々に米トランプ政権が中国に対して「貿易戦争」を開始しており,これらの会議にはその影が射していた。この夏の中国とEUとのやりとりを報告しよう(「16+1」についてはIMPACT本年3月の小稿を参照して頂きたい)。
「16+1」は本年7月ブルガリアの首都ソフィアで第7回目の首脳会議を開催し,中国から李克強首相が出席した。「16+1」首脳会議はこれまで10月か11月に開催されており,7月は異例であった。李首相は事前にドイツを訪問しており,ヨーロッパ現地では,7月の中国EU首脳会議の前に「16+1」首脳会議をぶっつけ,EUやドイツに圧力をかける戦術との推測も出た。トランプ政権が中国に「貿易戦争」を仕掛けたので,EUとの間に対米貿易政策の共同戦線構築が急務となり,そのために急遽7月に「16+1」首脳会議を設定した,というのである。
だが,その首脳会議では中国のインフラ投資への批判が公然と提出された。「16+1」の歴史で初めてのことであった。ポーランドは首相の代わりに副首相を送り,中国はEUルールを守っていないなどと発言したのである。
中国の16カ国へのインフラ投資は,ハンガリーのような例外はあるものの,これまでEU加盟国に薄く,西バルカンのEU非加盟国に厚かった。17年までの実績を見ると,セルビアに16億ドル,マケドニアに6億ドル超なのに,大国ポーランドにはわずか数億ドル,ロシアへの遠慮なのか,バルト3国への投資はゼロである。ルーマニアは約束の原発建設工事が始まらない,と批判した。
「一帯一路」による中国のインフラ投資が進む東南アジアでは,歓迎一色から様々な批判が噴き出す新局面に移行している。債務のかたに港湾を99年間中国に租借される羽目に陥ったスリランカの例もある。マハティール首相は過剰債務を恐れて新幹線設置を取りやめた。西バルカンでもモンテネグロにデフォルトの可能性がある。アドリア海のBar港とセルビアを結ぶ高速道路の第1期工事に10億ドル,その85%を中国輸出入銀行が融資した。金利2%,5年の支払い猶予付きで20年返済である。第2期,3期工事が必要になるが,よほど優遇された条件が付かないと,モンテネグロはデフォルトすると,IMFやその分野を調査したシンクタンクは予想している。
もともと「16+1」は中国によるEU分断策だとの懸念がブリュッセルでは強かったのだが,それが広がっている。本年7月のEU中国首脳会議に向けてEUの欧州委員会がEU28カ国の駐北京大使に「一帯一路」を評価する報告を依頼したところ,「一帯一路」プロジェクトは自由貿易を損なう,補助金を受けた中国企業にのみ利益をもたらす,中国は自己の利益に合うようにグローバル化を形成しようとしている,「一帯一路」は過剰生産の削減・新たな輸出市場の創出・原材料アクセスのセーフガードといった中国国内の政治目的を追求するものである,と辛辣な批判が並んだ(ハンガリー大使は署名せず27カ国の大使)。
ドイツやフランスでは中国企業によるハイテクのパクリへの警戒を強めているが,「一帯一路」や中国のいう「自由貿易擁護」についても,批判が強まっている。18年2月にはドイツ商工会議所とドイツ貿易投資機関(政府機関)の合同の報告書が発表された。「一帯一路」政策は法的枠組みの不確かな政治不安定国に支援を集中する傾向が強い,過去に中国の国営銀行に資金を供給されたプロジェクトの約80%はその実施が中国の企業に行ってしまっている,と書いている。
双方の報告書ともに,中国は公的調達の透明性に興味がない,WTOのグレイな分野につけ込むことに巧みで,ルールを破ることにためらいを感じない,と批判している。
こうした経過を受けて,7月のEU中国首脳会議が開催された。折から,トランプ米政権は,中国による知的財産権侵害が不公正貿易にあたるとして,500億ドル規模の中国製品に25%の追加関税を課すことを決め,まず340億ドル分を7月6日に発動した。7月16/17日北京で開催されたEU中国首脳会議において中国政府は,アメリカ政府に対抗するために中国EUが連携し,WTOにおいて協調行動をおこそうとEUに圧力をかけた。
中国メディアはEUとの連携を伝えたが,EU側は中国側の案を退け,「米国が中国に持っている不満のほぼ全てについてEUは同意している」として,知的財産権侵害や中国に進出したEU企業への規制・強制についてアメリカ政府と立場は同じであるとの認識を伝えた。
首脳会議に出席したユンケル欧州委員会委員長とトウスク大統領(EU首脳会議常任議長)は17日北京から東京に飛び,日EU経済連携協定(EPA)の調印式に出席,安倍首相とともにEPAのスタートを祝った。
中国の「一帯一路」戦略は,1990年代以来の米欧主導の新自由主義的グローバル化政策の中で先進諸国が等閑にしてきた発展途上国への支援を,途上国側の視点に立って大規模に実施した点で高く評価すべきと思う。しかし,借金のかたに港湾を99年間借り受けるというような,イギリスの香港割譲を思わせる帝国主義的政策をやっているようでは,「中国帝国主義」といわれても反論できまい。「人類共同体」構築という習主席が表明した理想との乖離があまりにひどい。中国は皇帝と人民の2分化された歴史を続け,習近平「皇帝」は中国市民社会を押し潰そうと策を巡らしている。衣の下に鎧が見え隠れする「一帯一路」では世界の信頼は得られない。
他方で,「市場化劣等生」の途上国を顧みなくなった米欧日の優等生は,内部にポピュリズム,外に「一帯一路」の挑戦を受けている。個別事例を取り上げて,「一帯一路」を批判するのはたやすい。だが,口だけでは「一帯一路」に負ける。途上国支援の体制をどう組み上げるのか,没落しつつある優等生の課題はそこにある。
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