世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)
TPP11とRCEPの関係をどう考えるか
(拓殖大学 准教授)
2018.07.23
2018年3月に署名されたTPP11は,各国で批准手続きが進められている。TPP11の批准で新たな不透明要素として浮上しているのがマハティール首相の誕生である。2018年5月の総選挙で,野党統一候補として出馬し,15年ぶりに首相に返り咲いたマハテイール首相は,2015年に導入された物品・サービス税(GST)の無税化を2018年6月から断行(但し,売上・サービス税を導入する方針),マレーシア・シンガポール間の高速鉄道計画の見直しに加え,TPPについては6月に開催された「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)において,完全には反対しないと断った上で,再交渉の必要性に言及した。その理由として,小国は自由貿易で不利になるため,一定の保護が必要であると発言している。マハティール首相が具体的にTPP11のどの部分に対して関心を持っているかは明らかではないが,想定されるのは政府調達や自動車の輸入数量規制に関する部分であろう。プロトンの生みの親であるマハティール首相は,首相就任後,新たな国民車構想に言及するなど,現在でも国民車政策に強い関心があることが明らかとなっている。
マレーシアの批准は新たな不透明要素とはなっているが,TPP11はメキシコに続いて,日本が批准手続きを既に完了している。6ヵ国が批准手続きを完了すれば発効するため,マレーシアの批准が長引いたとしても,遠くない時期にTPP11は発効することが見込まれる。
さて,RCEPは交渉6年目に入り,2018年中の合意を目指して交渉が行われている。RCEPは,交渉分野こそ,物品分野の他に,サービス,人の移動,投資,競争,知的財産,電子商取引,政府調達などを含む包括的なFTAの立て付けになっているが,TPP11と同様の高い規律内容が入るとは考えられないであろう。そのため,TPP11が発効すれば,RCEP交渉参加国にはルール分野で高い規律のあるTPP11への参加を促し,RCEPの必要性は低くなるとの見方もあるが,改めてTPP11発効後のRCEPの位置付けをどのように考えるべきであろうか。
将来的に,RCEP交渉参加国にルール分野で高い規律を有するTPPへの参加を促していくことが必要であることは間違いない。一方で,RCEPにはルール分野での規律はTPP11に及ばなくても,物品分野でTPP11よりも大きな効果が期待される。その点で,ルール分野でTPP11程の高い規律を実現できなくても,物品分野で一定の自由化が確保されれば,RCEPを締結する意義は大きい。
第1に,周知の通り,RCEPはアジアで拡がる生産ネットワークに適合的であることである。ジェトロの「在アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」によれば,RCEP域内で操業する日系企業のRCEP域内からの部品調達比率は,現地調達を含めておよそ9割に及んでおり,生産ネットワークがほぼRCEP域内で完結していることがわかる。現在はASEANとASEAN+1のFTAなどが存在するものの,生産ネットワークを包括的にカバーするRCEPのもとで累積規定が適用されることはFTAの利用促進,生産ネットワークの強化につながる。
第2にアジア域内では,物流が複雑化しているが,現在の既存のFTAでは複雑な物流をカバーしてきれていない。アジア域内では生産地とは異なる第三国に在庫され,さらに在庫を分割して貿易されることも多いが,FTA(第三者証明制度を採用しているFTA)を利用し,在庫分割を行うためには輸出国,在庫分割を行う第三国,輸入国の3ヵ国がともに同一FTAの加盟国である必要がある。そのため,例えば,日本で生産された物品をASEANで在庫分割して再輸出する場合,他のASEAN諸国向けではFTA(ASEAN・日本FTA)が利用できても,中国やインド,オーストラリア,NZ向けでは利用できない。RCEPができれば,こうした在庫分割を活用した物流もより広く活用でき,物流の効率化につながる。なお,香港はアジアの物流でロジステイクス・ハブとなっているため,将来的には香港をRCEPに取り込んでいくことも検討される必要がある。
第3に,RCEPは日本・中国FTA,日本・韓国FTAでもある。中国・韓国FTAは2015年に発効しており,同FTAの自由化率は低いとはいえ,このままでは日本の両国への輸出で中韓に劣後する状況が続くこととなる。そのため,RCEPを早期に実現させることはこの劣後状況を改善する意味でも大きい。
これらのことは,RCEP加盟国がTPP11に加盟すれば実現できることでもある。しかし,RCEPの全ての加盟国がルール分野でTPP11の高い規律を受け入れるには相当の時間がかかるであろう。RCEP諸国のTPPへの参加インセンテイブを高めるためには,引力となる米国の復帰が求められる。同時に,米国の復帰を促すためには,TPP11,7月に署名された日EUEPAとともにRCEPを早期に締結し,米国の貿易転換効果を高めていくことが求められる。その意味で,RCEPはTPPの拡大につながるステッピング・ストーンとしても位置付けられる。
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