世界経済評論IMPACT

パリへの途と『最後通牒』
2015.02.16

 昨年の12月にペルーのリマで、国連気候変動会議(COP)が開かれた。わたくしは、地球温暖化については科学的な知識もなく、まったくの素人だが、将来の地球の「健康」の話なので、新聞報道を興味深く読んだ。

 COP20という会議の略称が示すように、この会議は最初のベルリン会議から数えて20回目、実に20年目の会議だ。楽観的な論者は、大きな進展があったとリマ会議を評価する。何よりも、世界のステークホルダーの中の懐疑派が少なくなっていて、政治的にも「何とかしなければ」という責任の認識が生まれている。放っておけば、2100年には地球の気温は3.7から4.8度程度上昇する、何とかして上昇を2度程度に抑えなければならない、そのためには二酸化炭素の排出量を今世紀半ばまでには70%削減しなければならない、という科学者のコンセンサスが、一般市民を始め、政治家やビジネスマンに受け入れられるようになった。さらに、これまで枠組み条約への参加を拒んできたアメリカが、中国との合意に達し、この次の2015年12月にパリで開かれるCOP21では、他の条約締結国と同じように一酸化炭素排出量削減の目標を提示することになった。おかげで、パリ会議への期待が膨らんだ。パリでは、地球温暖化対策の新しい国際合意ができる、新しい時代の始まりだ、というわけだ。

 アメリカと中国が地球温暖化問題を話し合って、数値化された目標を発表することにした、という報道を読んで思い出すのは、2009年に無名のオーストラリア人の医者・作家が、マシュー・グラスという筆名で発表した『最後通牒』という国際政治小説だ(Matthew Glass, Ultimatum, 2009, London: Atlantic Books)。面白く、もっと評判になっても良かったのに、それほど世に知られず、日本語にも翻訳されず、何時の間にか忘れられてしまった。この国際政治小説の舞台は、2030年代の前半で、アメリカに新しい大統領が誕生するところから始まっている。それまでには30数回のCOPが開かれ、京都議定書3が締結されたが、現実には地球温暖化対策は進展していない。一方で、地球温暖化は、科学者たちのコンセンサス予測を裏切って悪化し、アメリカでも南部の沿海州には人は住めなくなっており、連邦政府は大規模な内陸移住計画を立てて、内陸州と連邦内移民受け入れの交渉をしている。アメリカの新大統領は、最大の協定違反者である中国政府とバイの交渉に入るが、埒が明かない。そこでアメリカ政府は、あらゆる梃を使って圧力をかける。中国が内政問題と考える「台湾問題」さえも揺さぶりの材料になる。そして、地球温暖化対策をめぐるバイの交渉は、どんどんと悪い方にエスカレートして、ついにはお互いの特定都市に対する核攻撃が起こる。この小説で描かれているのは、アメリカと中国の完全なG2の世界で、またG2というセッティングでのネガティブ・サム・ゲームのケースだ。最後の核攻撃になると、荒唐無稽ともいえるが、それ以外のフラストだらけのバイの交渉と地球温暖化対策の進展の無さは十分現実的だ。

 ではどうするか。COPにおける議論を見ると、地球温暖化に対しては、元凶である排出量の抑制の他に、地球温暖化に如何にして適応するかという問題(adaptation)もアジェンダに乗っている。しかし、わたくしは、この適応問題に十分な注意が払われていないと思う。放って置くと、地球の平均温度は2100年までに4度以上上昇する。その場合、海面は2メートル上昇する。たとえ、パリ会議が成功で、二酸化炭素排出量の削減が合意されたにしても、ある程度(1メートル前後?)の海面上昇は避けられない。異常気象の他に、台風や洪水が頻発するようになって、たとえばアジアに限ってもフィリッピンのマニラ市周辺、インドネシアのジャカルタ市、タイのバンコック市周辺、ベトナムのホーチミン市周辺、ミャンマーのヤンゴン市周辺、バングラデシュのチッタゴン市周辺、等々は、災害の多発地域になる。

 もちろん、地球温暖化の元凶である二酸化炭素排出量の抑制を国際的にどのようにコントロールするかという、いわば国際的なバードン・シェアリングの交渉は続けなければいけない。しかし同時に、それぞれの国が、地球温暖化に適応するための、いわば「自衛対策」を真剣に考えるべき時が来た、とわたくしは思う。しかし、それは簡単なことではない。わたくしは、三重県伊勢市の出身で、1959年の伊勢湾台風を経験している。災害後の対策として、伊勢湾に面した海岸や伊勢志摩の島嶼の海岸線は、すべてコンクリートで覆われてしまった。おかげで、わたくしの少年時代の記憶にある遠浅の海岸も志摩に散らばる小島の砂浜もすべて失われてしまった。海岸線をわずか200〜300メートルも引き込めれば、そして新しい防風林を植えればよかったのに、私有地の問題などがあって、それが出来ず、コンクリートを打つという技術的な解決で済ませたのだ。

 地球温暖化に対する自衛手段をとるにしても、いろいろと難しい問題がある。まず、ミクロレベルの気候変動予測が必要で、それに応じてもっとも効率的な都市・地域改造計画を作らなければいけない。ミクロレベルの気候変動モデルについては、マニラ、ジャカルタ、ホーチミンについては、JICA、世銀、アジア開銀がそれぞれの政府と連携して手を付けているが、その先までは進展していない。今の段階では、その責任自体が中央政府の責任なのか、地方政府の責任なのかはっきりしない場合が多い。そのうえ、上に述べた都市周辺を治める自治体は一つではない。多数の自治体がメトロポリタン地域の部分々々をバラバラに統治しているケースも多い。このように、法制や行政制度の問題が解決されないでは、自衛戦略をたて、都市改造計画をたて、そのうえでインフラ整備を始める、そしてそのための技術とファイナンスの問題解決を図るという一連の作業ができない。

 わたくしは、日本政府はODAを通じて、排出量抑制のバードン・シェアリングとは全く別の問題として、途上国が地球温暖化に対する自衛計画を作る手伝いをオファーすべきだと思う。そして、自衛計画の実施に際しても、技術や資金面で支援ができるのではないだろうか。まず、法制面・行政制度面の整備、移住者のための新都市計画、等々のすべてを含めた自衛計画のブループリント作りから初めてはどうだろう。

 キーワード:温室効果ガス削減