世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.848

公道カートはアベノミクスのレガシーか(2):もうかればいい,外国人がカネを落とせばいい,O-Mo-Te-Na-Shi

榎本俊一

(前東北大学大学院 教授)

2017.05.22

 自由民主党が総裁の任期を2期6年から3期9年に延長した結果,安倍晋三首相が2018年9月に同党総裁に三選され2021年9月まで政権を担う可能性が生まれている。いま安倍政権は折り返し点を過ぎようとしているが,実績となると超金融緩和による円高局面是正以外に心許ない。経済再生どころか,後世の眼からはシャープ,東芝の経営破綻と外資身売りなど戦後日本の製造立国が破綻した時代とも映りかねない。安倍政権は小泉政権来の観光立国を推進しているが,「カジノ法」ともされるIR(統合型リゾート整備)法がアベノミクスのレガシーとなるのだろうか。

 IR構想を推進した岩屋毅衆議院議員によれば,①2020年のオリンピック以降に日本の観光促進のエンジンはなく,海外観光客を増やすには受入れ施設整備が必要であるが,②施設整備の財源はなく施設自体も整備費弁済にたる収益は見込めない,③このためカジノを併設して整備費と施設運営費を捻出するとする(『「カジノ法」の真意』KADOKAWA,2016年)。カジノ併設はもともと経済的に成立しない事業を回していくための工夫である。疲弊した地方のため観光促進の切り札が必要な事情は理解できるが(地方の疲弊は深刻だ),IR構想がそもそも経済的成功の見込みの薄い事実は変わらない。

 ビジネスとして疑問であるだけでなく,マイナス面の評価と手当が実に不安である。議員は「マナーの悪い外人により平穏な暮らしが脅かされる,観光地の美しい景観や自然が破壊されてしまう」「一部の観光地・宿泊施設が利益を得るだけではないか」等の問題発生を予想するが,解決策については「こうした疑問や疑念に対してしっかり応えていかなければならない」とし,中央に強力な規制権限をもった「カジノ管理委員会」を設置すると述べるに止まる。ここで疑問なのは,規制当局を設置しても,そもそも問題把握力(問題が分からないと解きようがない),問題解決力(問題が分かっても解決する意思・能力がないと解決できない)が規制当局に有るかである。

 前回(1)で,公道カートの問題は知財訴訟の問題でも,任天堂と公道カート事業者の問題でもなく,そもそも交通安全・生活環境の劣化が真の問題であることに気付かず,事態を放置している日本社会の問題ではないかと指摘した。公道カート問題はカジノ法のもたらす未来を先取りするものである。外国人観光客が喜んでいる,外国人がカネを落とせばよい,O-Mo-Te-Na-Shiと浮かれているうちに,本来の貴重なものを日本は喪っていかないか。岩屋議員はシンガポールをIR構想の模範に掲げるが,シンガポールは「外国人がカネを落とせば何でも大目に見る」などとはしておらず,都市の美しい良好な環境を保つことが都市の真の魅力につながるとして,厳しく環境悪化を規制する。

 2017年5月9日,石井啓一国土交通大臣は閣議後記者会見において「公道カート・レンタル業者に対して安全対策を強化するように要請することを決めた(のか)」と問われ,「外国人観光客を中心によるカートの利用が増えており都内で複数の事故が起きている」「事故発生を受けて,国土交通省としてはシートベルトの設置,他の車両からのカートの視認性の向上等の安全対策について警察庁とも連携し速やかに検討を進める」と回答している(http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin170509.html)。ここには,公道カート事業の本質が公道カートのレンタルではなく,公道を施設利用したゴーカート事業であることの認識はないし,公道をゴーカート場にすることに伴う騒音等環境悪化は(国土交通省自動車局の所掌ではないため)関知しないとの態度がある。

 むしろ事故さえ起こさなければ政府としては関知しないので「ゴーカート事業をやってください」という「お墨付き」を与えようというものだ。事業者がゴーカート場を建設する場合には厳格な安全対策と騒音防止策を講じた上でなければゴーカート事業を営めないのに対し,公道カートの場合,所謂「レンタル事業者」は公道走行可能なカートを普通免許所有者にレンタルするだけで「ゴーカート場」を開業できる。国土交通省は実態を知らないのだろうか?レンタル客は通常集団で(多い場合には20台程度)で「公道」を走行し,レンタル業者が設定した「公道」のルートを,レンタル事業者が設定した時間内で,かつガイド付きで駆け回っており,この「公道カート」ビジネスは10時から22時まで毎時定期的に催行されている。ゴーカート専用場を「公道」に置き換えた以外は,まさにゴーカート事業である。

 「事故を起こさない」という観点からは,可能な限り多数のゴーカートで車列を組み,先頭と最後尾に四輪自動車を走らせてガートとすることがベストである。現実に「公道カート事業者」が行っていることだが,10〜20台のゴーカートが業者の四輪自動車に先導され,最後尾にも業者の四輪自動車が立ちはだかりガードしている。国土交通省の自動車規制の発想は「単車」であるが,原動機付き自転車一台であれば騒音規制をクリアしても複数台,10数台ものゴーカートが集団で走行した場合の騒音は尋常ではない。国土交通省の事業者に求める要請する(お願いする)安全を追求すると,集団走行が理想である。こうした集団が,マンションが立ち並び,人々が暮らしを営んでいる街中を走り回るわけである。国土交通省の「お墨付き」を得た上である。また,同省の要請する「安全性」は,桜田通りのような幹線から脇に入ったような道や住宅街を選び,夜や休日のような交通量の少ない時間帯を「集団走行」することで最高度に達成される。

 当たり前だが,幹線道路はもともと大規模自動車の24時間走行を想定しているため道幅も広く歩道も広く設定されているが,幹線から脇に入った支線的な道路は道路幅が狭く,歩道も人が二人行き通えればいいくらいである。ゴーカート場に行かないまでも簡単に想像できるが,そうした狭い道で住宅・マンションから3メートル程度のところを朝から晩までゴーカートが集団走行した場合の住民の苦痛は物凄い。住宅街はもともと交通量が少ない「静穏な」場所であるが,ゴーカートの集団走行上の安全の観点からは理想的ルートである。かつ夜や休日など車通りの少ない時間や日を選べば,そもそも車がいないのだから,乱暴な運転でも,爆走しても安全であるし,住民が苦情を言いに出てきても,無視して逃げ切れる世界である。なんと「都心を爆走する喜び」がキャッチフレーズであるそうだ。任天堂のマリオ・ゲームの気分だそうである。

 筆者が仄聞した事例を紹介する。昨年12月28日から1月3日までの話だそうである。毎日毎日,年末年始の車通りも絶えた住宅・マンション・寺社の建ち並ぶエリアを3台から5台のゴーカート集団が朝から夜10時まで周回し続けたそうである。車通りがないため,周囲の道路事情を気にせず好きなように走れる,ゴーカートとしてはベスト・コンディションだったようで,時速も50〜60キロとゴーカートとしては全速を出し(したがって爆音も最大レベルとなる),ゴーカート集団は「キャッホーイ」と大声で叫びながら御満悦だったという。

 騒音に絶えかねた住民が信号の赤に変わったタイミングを捉えてゴーカートをつかまえて(逃げないように前に立ちはだかったらしい)「やめる」よう頼んだという。これに対し,緑の着ぐるみを着た日本居住米国人とおぼしき白人男性が「レンタル業者がレンタルしたのを借りて走って何が悪い」「自動車関係の規制もクリアしているだろう」と怒鳴り返してきたという。住民が「年末年始は日本では静かに過ごす時間で,あなたたちもクリスマスには静かにするだろう」と指摘すると,外人男性は「クリスマスはクリスマスだ。日本の習慣は知らない。我々は正月暇だし,米国から来た友人は,公道でゴーカートを走らせられる国は日本だけだから日本に来たんだ。公道でゴーカートを走らせるのは日本では合法だろう」と流暢な日本語で反論してきたという。男性が「常識というものがある。我々がクリスマスに米国の住宅街で同じ事をしたらどう思う。狂気の沙汰だ」と言うと,外人男性は「俺たちの知ったことではない。そもそも公道でゴーカート・ビジネスできる国が日本だ。狂気なのは日本人であって,我々は知らない」と吐き捨てるように言い,お定まりの4文字の言葉を集団ではきかけて去ったという。

 私はこの話が何処まで実話かは知らない。作り話というにはリアリティがあり過ぎる。国土交通省は,公道ゴーカート事業が「公道を走行するゴーカート・レンタル事業」ではなく,「公共財である公道をゴーカート場としてゴーカート事業を営む事業」と理解できず,「事故さえ起こさなければ(我々に規制しろとか五月蠅く言ってくる奴はいなくなるから)自由に事業を営んで差し支えない」と「お墨付き」まで公道ゴーカート事業経営に与えようとしている。こう見てくると,「カジノ法」が惹起するであろう問題を政府が適切に処理していけるとは考え難い。これは政府だけの問題ではない(マスコミは役人叩きが好きだが)。政治家,マスコミ,学者,社会のすべてが問題に適切に対処する力を落としているから,公道カートの真の問題は交通安全・住環境の劣化であることを誰も言い出さず,事態を放置したままにしようとしているのではないだろうか。次回はこうした「総無責任体制」がなぜ起きているかを考えて見たい。

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