世界経済評論IMPACT(世界経済評論インパクト)

No.839
世界経済評論IMPACT No.839

トランプ大統領のTPP離脱表明とRCEPの進路

清川佑二

(特定非営利活動法人 日中産学官交流機構 理事長)

2017.05.15

1.日中韓のRCEP推進フォーラム

 RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が実現すれば,世界の人口の約半分,GDPの約3割,世界貿易の約3割を占める広域経済圏が出現する。その第18回交渉官会合が5月にマニラで開催されたが,合意までにはまだ程遠い様子である。

 日中韓の民間の立場からRCEP交渉を後押しするために,中国商務部国際貿易経済合作研究院,韓国対外経済政策研究院および日中産学官交流機構は昨年7月に東京で国際フォーラムを共同開催した。フォーラムでは三国の有識者から「バランスのとれた,質の高い」協定を求める声が多かったが,その他に次のように特色ある発言もあった。

2.RCEPがなぜ必要なのか

 アジアは製品を米国に大量に輸出し米国は大きな貿易赤字を続けているが,米国がこれを受け容れ難いと考え始める可能性がある(筆者注;トランプ氏の当選は,指摘の先見性を示している)。この重大な限界を乗り切るためには,インド,インドネシア等の産業発展によりアジア内に大きな消費市場を創出する努力が必要である。これこそRCEPの意義である。加えて2040年には日本,韓国,中国は高齢化してしまうが,ASEANとインドはまだ若年人口の国である。アジアの将来は,ASEANとインドの良好な連携関係形成にかかっている。

インドがカギ

 RCEP交渉妥結の鍵を握っているのは,実はインドである。中国の競争力が著しく強く,インド製品は競争力に劣り現時点で高度の市場開放は容易ではない。インドの現状をある程度受け容れて,経済成長の機会を残さなければならない。他方では他の国は高い水準で早く合意を目指すことが,RCEPの意義を高めるのではないか。

ASEAN主導で推進を

 RCEP構想は中国主導の印象を与えており,米国との関係でRCEPの交渉の進展の妨げになる。ASEANが交渉を主導する必要がある。

日中韓FTA先行論

 日中韓FTA交渉の進展は,RCEPをより高度なものにしていく上でも良い契機になる。

 日中韓FTAはRCEP交渉の進展に貢献する。

3.TPPに対する東アジアの動き

 TPPを契機にアジアの地域FTA構想が動き出して,100年に一度と言われる「アジアの新通商秩序」作りが始まった。

 ASEANは一部加盟国がTPPに参加することで求心力が陰る危機感から,日本のASEAN+6(日中韓,豪,NZ,印)構想および中国のASEAN+3(日中韓)構想を取り入れて,自らのRCEP構想として提唱した。日中韓FTAも,プノンペンのRCEP交渉開始式典の折に閣僚会合で交渉開始の合意に達した。

 中国は,2014年のAPEC首脳会議で習近平主席がFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)を強く主張したが,これもTPPへの対抗策と目されている。「一帯一路」構想もまたTPPへの対抗だと言われる。TPPは米国主導の中国包囲網であり,その圧迫に対して縦深性を高めるために西方展開することおよび石油の海上輸送路を確保することが「一帯一路」構想の意義だとする論文なども多い。もちろんTPPを肯定的に受け止める意見も一部に見られる。

4.TPPなきRCEPの行方

 トランプ大統領は,大筋合意済のTPPから離脱することを就任早々に公表したが,これは米国の長年のアジア政策,地域安全保障政策からかけ離れたものだから,いずれは伝統的路線に復帰するだろう。ではその間にアジアにどのような選択肢があるだろうか。

 仮にRCEPを推進する機運が盛り上がったとしても,考慮すべき要素が多い。TPPを巡る動きで見たようにTPP,RCEP,FTAAPおよび一帯一路構想は,日米中を含む東アジアのパワーバランスの観点からは結果的に全体として一セットのものになっている。どれか一つだけという事態は,地域のバランスのうえで安定感が欠けそうだ。

 とりわけRCEPは,米国が参加せず中国が大きな影響力を持つ。加えて中国はTPP対抗を秘めた一帯一路構想を強力に実行している。日中韓FTAにも米国は参加しない。これでは,東アジアの経済統合は米国抜きで進んでしまう。このような事態を懸念してブッシュ大統領は2006年に突如FTAAPを提唱し,オバマ大統領もTPPを推進したとされている。

 米国の伝統的東アジア政策への配慮が必要だが,アジア諸国は米国に慮って自国の経済発展のための動きを止めることはできない。しかしRCEPを進めるためには米国の理解を深め,また米国が東アジアに再参入する手段を別途に用意しておくことも重要であろう。

 このように見ると米国のTPP復帰期待を明示しながら,米国空席のTPP11を推進するというのは賢明なアプローチだ。しかもTPP11がスタートすることになれば,RCEPも日中韓FTAもFTAAPもまた推進力が強まることが期待される。

[資料]
  • 第1回東アジア経済連携フォーラム報告書(2016年7月3日),日中産学官交流機構
  • 中国「一帯一路構想」,科学技術振興機構・中国総合研究交流センター
(URL:http://www.world-economic-review.jp/impact/article839.html)

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